サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

(最新更新日:2022年8月17日 掲載日:2008年11月19日)
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2005年にスタートした「穴狙い千ちゃんの旅行記」〜2008年に別URLでリニューアルした「穴狙い千ちゃんの旅行記2」をそのまま現在のタイトルに変えて掲載を続けています。ほとんどITには縁のなかった証券マンがたまたま転職した先でウェブサイトを運営するグループに所属し、その流れでこのような「アナログオヤジの日記」を続けております。
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中島みゆき

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スモールさんの記事に中島みゆきの話が出ていました。

ネタぱくりになってしまいますが、その話は賛同したので・・

かくいう私も中島みゆきフリークの一人です。
ごっそりレコード、CDを持っている状態です。

特にスモールさんの話に出ていた初期の名曲「時代」は私も大好きです。

年がばれますが、最初に聴いたのは中学時代です。
このころは毎晩のように布団の中でラジオの深夜放送を聞いていました。

当時はそれが流行で、午前1時からは賑やかな若者向け番組、3時からはトラックの運転手さんなど深夜に働いている人向けに歌謡曲、演歌番組が主流でした。
八代亜紀などは特にトラックの運転手から好まれ、このような番組が育てたスターだと言っても過言ではないと思っています。

TBSラジオで午前3時からやっていた「歌うヘッドライト」。
ノンノンこと江川範子さんの金曜深夜、石渡のりこさんの木曜深夜は特によく聴いていました。

この番組でこの「時代」をはじめて耳にして、大変な衝撃を受けたのをおぼえています。

一般的には歌、特に流行歌の多くは恋愛など、人の情の歌がほとんどです。
この歌も当然そうなのでしょう。
中島みゆきの何かの経験などによって生み出された物だと思います。

ところがこれは恋愛だけではなく、人生全般の他のどんなことにも全く同じように思える、というか聴く側が思うことが出来る歌詞であった、と感じました。

嫌なこと、絶望、不安、さみしさなど今まで生きてきて数限りなく経験されている方が多いと思いますが、

この歌を聴くと、楽になり、

そして「まあ、いいか」と思い、

そして「さあ、また出直すか」

という気分になるから不思議です。

歌詞で言うとやはりさびの

「まわる、まわるよ、時代はまわる、別れと出会いをくりかえし、今日は倒れた旅人たちも、生まれかわって歩き出すよ」

という一節を聴くと、
肩に乗った重石が取れるように楽になりました。

最初に聴いた当時の中学生の私には当然そんなことはあまりありませんでしたが、

その後さまざまなことが起きるたびに

「この歌が救ってくれている」、と思っていますし、これからもきっとそれは続くと思います。

たった何百円のレコード1枚がかけがえのない財産に思える、そんな気持ちになれる歌のひとつです。

多分逃げ場のない苦しみにあえぐような苦労をされてきた人たちのなかにも、ふとした機会にこの歌に出会い、救われた方もたくさんいるのでは、と思います。

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今日はデザイナーさんと中野の事業者様を訪問をしました。
彼は若くまだ20代ですが、腕はかなりのものという事で何年も前に会社を立ち上げて活躍しています。
ご紹介ということで話が腰折れになってしまっては大変だ、と思っていましたが
相手の方のご好意もありそれなりの仕事にはなるはこびになりそうで、少しほっとしました。

その緊張のせいか、終わったら荻窪の得意の「花屋」に行き、一杯やりました。
ところが段々酔ってきて、かなりの時間だったのですが、そこを出てから久しぶりに反対口の地下のスナックに行ってしまいました。
もう病気ですね・・

ここは昔からよく行っていたスナックでひじょうにリーズナブルです。歌も歌い放題で種類もたくさんあります。
最近はあまりいかなくなっているのですが、歌が歌いたいときに本当にたまに寄ることがあります。
ここしばらく、なかなか歌が登録されていないのですが、表題にある中島みゆきの「サヨウナラを伝えて」(研ナオコも歌っています)がむしょうに歌いたい、としらふの時は思っていたのですが、
酔ったらなぜか忘れてしまっていて、歌をさがすことも忘れていました。

この歌は研ナオコにプレゼントした歌で、あとで本人もたしか「おかえりなさい」というアルバムで歌っています。

この歌を聴くと、なぜか福知山線の三田を思い出します。

結婚前に祖父母に妻を紹介するため、当時まだ走っていた急行「銀河51号」という夜行の臨時列車で大阪に行きました。
もちろん座席車です。寝不足のまま福知山線に乗り換え新三田まで行きました。

福知山線は例の事故で皆に知られてしまいましたが、昔は通勤などではだれも乗らないようなローカル線で古い客車列車ばかりでした。
ところがJR発足後び宝塚〜道場の山間部の線路を付け替えて、大幅にスピードアップして通勤路線に生まれ変わりました。

ただこの区間はけわしい六甲山地を縦断するので、祖父がむかしよく鮎釣りにいっていたくらい深い山の中で、武庫川も深い渓谷になっています。

山地を抜けると、今度は一変、三田の盆地に入ります。
でもそこは広い田んぼが広がり、向こうには山が続く田舎の風景になってしまいます。

妻はただでさえ都会育ちで関西に地縁もなく不安で、夜行列車の疲れもあったので、この風景をみてすごい不安になってしまった、と言っていました。
無理もありません。

オーバーですが地の果てまで来てしまったような感じに思ったそうです。(三田の人ゴメンナサイ)

そのときに二人でウォークマンのイヤホーンをつないで聞いていて、流れていたのがこの曲でした。

少しセンチですが、この曲を聴くとそのときのことや情景、三田の田んぼの風景が今でも思い出されます。
でも音楽ってそういう力がありますよね?

三田は今や発展を続け、押しも押されぬベッドタウンでだいぶ風景も変わってきたように思います。

結局この歌は歌わなかったので、またいつ行くことになるかわかりませんが、そのときまでお預けです。
そのときにそのことを覚えていればいいんですが・・・。

実は1月30日は16回目の結婚記念日です。
よく続いてると、自分でも不思議です・
というより、よく愛想をつかされないよね、というのが本当のところです・・。

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