サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

(最新更新日:2022年8月17日 掲載日:2008年11月19日)
当サイトのタイトルや本文中の画像、文言等は管理者が独自に撮影、制作したもの、および所有者や著作権所有者の方の許可を得るなど諸法律に沿って使用しております。無断での転載、転用をかたく禁じます。タイトル画面は近鉄奈良駅前商店街の「鹿屋」(閉店)でかつて販売していた「鳴き鹿」、奈良公園の鹿です。

2005年にスタートした「穴狙い千ちゃんの旅行記」〜2008年に別URLでリニューアルした「穴狙い千ちゃんの旅行記2」をそのまま現在のタイトルに変えて掲載を続けています。ほとんどITには縁のなかった証券マンがたまたま転職した先でウェブサイトを運営するグループに所属し、その流れでこのような「アナログオヤジの日記」を続けております。
宜しくお願い致します。

なお私は一応、「タウンクリニックドットコム・時代文化ネット」というサイトの運営管理者でもあります。

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【公式】誰かに話したい"プチ自慢" に参加中!
「誰かに話したいプチ自慢」というお題ですが、自慢というのはどんな事情があっても、聞いた方はどう思うのか?は結構明白で、大体ろくなことはありません。でもあえて今までのことを思い返して考えてみました。

それは「地理の話」です。
私は結構「地理系おたく」で、普通の地理、気象、自然地理、鉄道など関連した分野の話は大体好きで、子供の頃から色々なことに嵌っていました。もちろんそういう方面の仕事をとも考えていましたが、よほど学業が優秀な人は気象や自然地理に行けましたが、すでにそのような競争からは脱落していました。

そしてそれ以外には仕事自体の選択肢はそんなにありませんでした。身の回りからも、「飯が食えるような世界じゃないから、たいがいにしときなさいよ」ともいわれていました。自分でも「そのとおーりっ」と思っていました。

この時点で、すでに「自慢」というより「カミングアウト」的な心理状態になっています。
はたして、皆が好意的に聞いてくれる「プチ自慢」として成立するか?になるかどうか不安になっています。

さて、この「地理」好きは大学受験の時も続いていました。
総合的な成績はあまりよくなく、当然のように浪人するはめになりました。

そして予備校の試験まで受からなくて、新宿の近くにある大手予備校の一般クラスに在籍していました。在籍しながらも、体調を崩したり、新宿の近くの最寄りの駅で下車しても予備校の近くの「色々な・・店?」に入り浸っていたり、予備校に行っても「授業」ではなく「自習室」に入り浸っていました。

何の話かわからなくなってきたので、本題にもどします。

予備校では年に何度も「模試」というのがあります。
上記のような生活や態度なので、何度も受けましたが、ほぼろくな成績にはなりませんでした。

ところが個別には、もちろん1度だけですが、自分でも目を疑うような結果が出たことがありました。
それが「地理」です。

私大受験の本番は文系であれば、英語、国語は必須ですが、もう1科目の社会や数学は個人で科目を選択できます。

もちろん私は地理があれば、地理を選択していました。そして模試も同様でした。

その時もたしか「全国総合模試」とか、何とかという名前の試験だったと思いますが、他の科目はメロメロでした。

ところが、地理だけは、何と偏差値が75と表示されていました。全国で地理の受験者が約8千人くらいいて、その中の百数十番目という順位でした。

受験の科目でいうと、「地理」というのは特殊な科目で、大学よっては受験科目から外しているところもあるくらいです。また受ける人たちは私のように地理好きか、事情のある人が多いのでは?と想像します。だから他の模試の時も、そんなに成績がよかったこともありませんでした。つまり苦手な人は受けない科目なのです。

トータルでいうと、絶望的な結果で、周りの誰からも賞賛されませんでしたが、実は自分自身はひそかに満足して、ほくそ笑んでいました。

しかし模試での「地理」の好成績もその1回きりでした。

この話はこれだけですが、本番の受験では、どこの大学も結構難しい試験で、地理の試験もそんなに楽な試験ではなかったことを付け加えておきます。そしてただ1校、試験を通った私立大学に入学しました。もちろん有名私大ではありませんが・・。

でもその大学には、私のような「半端者」を受け入れていただき、今でも大変感謝しています・・。

どうですか?
「プチ自慢」になっていますか?
結局あまり人に語りたくないような、少なくとも社会的にもプラスにならないような、心の内を白状しただけの話になってしまったようにも思いますが・・。

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話は違いますが、
「タウンクリニックドットコム・時代文化ネット」では複数のサイトで様々な文化情報というと、立派ですが、自分の記載したい分野の情報を発信しています。ちなみに近々に下記の情報を別サイトにアップしました。もしよろしければ・・。

・今注目したい芸術情報「フランス×日本アート展を開催中」



・哀愁のメロディー中心の名曲さがし「哀愁物語 村下孝蔵・中林由香」


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【公式】なんだか記憶に残っている人 に参加中!
公式テーマにまた投稿します。
「表題のなんだか記憶に残っている人」というと、どちらかというと「プラス」の話を連想しますが、今回の私の投稿はそうではありません。しかも表題のように2人です。
もちろん同じテーマです。

私は今は何とか50代で、この話は35〜6歳くらいの普通のサラリーマンのころの話です。
仕事は営業で外回りが中心でした。
都内勤務が多く車ではなく電車の移動が中心で、池袋に勤務していたころのことです。
ストレスが多い仕事で、元から少しあった白髪が増えて、わりと目立つようになっていました。
多分年齢以上にやつれて見える状態だったと思います。

そしてその時がやってきました。
ある日池袋から埼京線に乗り、乗り替えるために新宿で下車しようとした時です。
降りるときに女子高生と少し交錯しました。
そんな激しくぶつかったわけでもなく、通常はお互いに「あっ、失礼」みたいな感じで終わるくらいに感じました。

ところが相手の女子高生は、もしかしたらもっと激しくぶつかった、ように感じていたのか?、または私があまり真剣に謝らなかったことに腹を立てたのか?その辺はわかりませんが、
離れ際に、
「何すんだよ!、じじいっ、気をつけろよ!」
と言われました。

「はあっ?」
とも思いましたが、何よりもまだ30代半ばなのに、「じじい」はないだろ・・
内容の問題よりも「じじい」にやられた感じです。


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そしてまた7〜8年くらいたったころ、またその時はやってきました。
休みの日に実家の府中市から立川を経由して、中央線に乗り換えるような用事がありました。
いつものように分倍河原で南武線に乗りました。
休日なので昼間とはいえ、車内は結構混雑していました。
でも乗車した時に席に少し隙間があったので、そこに座りました。

となりには若い男が座っていました。
彼はザックを膝の上に置いていました。
ところがよくあることですが、その紐が私の膝の上にも乗ってきたのです。
そんなに大したことでもないのですが、ずっと膝の上に紐が乗っているのも気になるので、しばらくして紐を手で取って、相手の膝の上にもどしたのです。

相手も急に行動でそうされたので。少しムッとした感じでしたが、そのままことはおさまりました。
ところが、終点の立川に着いた時のことです。

皆降りるので、座席から立ち上がり、降りようとしたした、その時に彼は、

「悪かったな!おっさん!」

捨て台詞を吐き捨てるように言うと、すぐ席を立って下車してすたすた行ってしまいました。
私はもちろん、周りの乗客にも聞こえたのでしょうか?、近くの人も皆「目が点」状態でした。

これも内容はどうでもいいのですが、要は「おっさん・・」
これは結構ダメージがありました。

「やられた!」


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今は「親父」状態にも慣れましたが、事態はさらに悪化しています。
自分でも自覚していますが、今、同じようなことがあったらどうなるのでしょうか?
コロナや他のストレスで、当時よりはるかに老けているので・・

南武線のお兄ちゃんは、

「悪かったな!じいさん!」

となり、

そして池袋の女子高生にいたっては、

「何すんだよ!じいさんよ!、怪我しないうちに早く家に帰って寝てろよ!!」
「今、ここで寝かしてやろうか! ああっ?」

というに違いありません・・・

バキッ、ボキッ、バキッ

「ぎゃああ、ぐええっ」


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話は違いますが、
「タウンクリニックドットコム・時代文化ネット」では複数のサイトで様々な文化情報というと、立派ですが、自分の記載したい分野の情報を発信しています。ちなみに近々に下記の情報を別サイトにアップしました。もしよろしければ・・。

・安田記念他先週の検証、今週の展望1


・最新:高田みづえ・ゆれて哀しい恋だから


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【公式】思い出に残る旅行 に参加中!
まだ私が小学校4〜5年くらいのころだと思いますが、いつも夏休みになるとずっといた大阪府豊中市の祖父母の実家にいた時のことです。いつもは母と姉と私だけだったのですが、めずらしく父も来ていて、さらにめずらしく「海水浴でもいくか」と言いました。自分の実家なのに仕事の関係もあり、めったに顔を出さないばかりか、やはり仕事が不規則な上に多忙だったので、家族旅行もほとんど行ったことがなかったのに、意外にあっさり出た発言でした。

海水浴と言えば、当時は小さい頃やはり千葉の九十九里海岸に行ったことがあり、また父抜きでは父の妹の家族が知多半島に住んでいたので、大阪からわざわざそこに行ったくらいでした。

めったにないことなので、父の気が変わったり、急に仕事が入ったりしないうちに、と思い、姉も私も賛成しました。

場所はと言うと、「琵琶湖」と「洲本」はどっちがいい?と聞かれました。
「琵琶湖」は知っているけど、「洲本」ってどこ?と思い、「琵琶湖」と答えました。

でも実際に行ったのは「洲本」でした。
大人になれば皆ご存知と思いますが、「洲本」は淡路島でした。

途中の経過や、詳細は忘れましたが、実はすでに「洲本」の旅館まで予約してありました。
それが行くことが決まってからなのか、事前にその予定だったのかは今となっては判然としません。

ということで出発しました。
まず阪急電車で十三で乗り換えて、三宮に出ました。
そして神戸港から船で、淡路島に渡りました。
船は大きくありませんでしたが、大阪湾や瀬戸内海なので穏やかで、楽しい船旅でした。

そして1時間半くらいで洲本港に到着しました。
着てみると、船旅があったりで、こちらでよかったと思いました。

洲本は海水浴場がある海岸沿いに旅館などがならび、そこにすぐに低い山がありました。
旅館はたしか「三熊館」というところで、結構大きな旅館でした。
けっこう観光地なんだな、と思いました。

海はあまりきれいではありませんでしたが、波は穏やかで、さらにわりと遠浅に感じました。
ただ海に入ると、一旦少し深い、脊の立たないところがあり、そこをこえるとまた浅瀬になり、不思議な感じでした。

またクラゲがすごく多くて、最初は海に入っているとたくさんいて、気持ち悪い、と思っていましたが、そのうち慣れました。
それからヤドカリなどもたくさんいました。

そして時間はあっという間に過ぎて、帰りの船に乗ることになりました。
神戸に戻るのか、と思っていたら、理由はわかりませんが、和歌山の深日(ふけ)港に行く船に乗りました。

船は往きとちがい、紀伊水道を通っている関係か、結構ゆれました。
船も神戸からの船より、小さかったように感じました。
そしてゆれは縦というよりは横に揺れたような気がします。

しばらく走り、すでに暗くなり、船はやっと深日港に着きました。
すこしホッとしました。でもこれからまだ長い道のりでした。

当時は南海電車に深日港から、灘波に行く急行のような列車があり延々とそれに乗りました。
「こうや号」みたいにロマンスカーみたいな列車ではなく、中長距離列車仕様の席でしたが、普通の車両でした。

灘波から御堂筋線・北急で桃山台に出て、さらにバスでやっと夜遅くに帰宅しました。

父と旅行に行ったのは、その後も何回かありましたが、父が50代で病気で倒れしょうがい者になるまでの、健常者の父と旅行に行ったのは、以後これ以外には2回しかありませんでした。

それにしてもあの唐突な「海水浴に行こうか?」という言葉は「どういう気持ちだったのか?」が今でも不思議です。

当時はそのような家庭はすごく多かったと思いますが、その時の言葉の中にあった父の気持を知りたいと、今でも思っています。

旅行って、どこに行ったか、よりどんなシチュエーションで、誰と行ったか、とか誰と出会ったか、のほうがよほどよくおぼえていて、重要な話なのかもしれません。

このお題を見て、何かあるかな?と考えていたら、普段は忘却の彼方になっていた、このことを思い出しました。

ちなみに父はしょうがい者になってからは、逆に車いすが乗る車を借りたりしてわりとよく旅行に行くようになりました。

そして24年間はそんな生活が続き、父は平成25年に他界しました。

当然そんな当時のことは私も忘れていて、彼が存命中にそのことを聞くことすら、忘れていました。
※失語症もありましたが、人の話はちゃんと聞ける状態でした。

区分9b

話は違いますが、
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