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鉄道ジャーナル1982年写真
昭和の古い映画や時代ものの映画やドラマでたまに汽車のシーンがでてきます。
もちろん多くは昭和初期の蒸気機関が牽引する「本物の汽車」ですが、そのレトロな部分の多くは蒸気機関車よりも引かれている「客車」のほうに負うところが大きいのでは、とさえ感じます。
「木のニス塗りの内装、座席、床など・・」映画の場面などでも多くはその車内の様子で時代を感じてもらうような構成になっています。
金曜日に新橋に行った時に少し時間が空いていたので、SL広場のところで開催されていた古本市で懐かしいものを見つけました。
1982年に発行された「鉄道ジャーナル」でした。内容は「長距離鈍行特集」。値段が300円と安いので思わず買ってしまいました。
客車の普通列車というのは、いつのころからどんどん減っていき数年前にはレジャー用の臨時列車をのぞきほぼ全滅してしまいました。
懐古趣味ではありませんが、人間は本能的に木でできたものには癒されると思っています。
昭和の中頃までに作られた車両の多くは内部(内装、座席など)は木で出来ていました。
40代以上の地方出身の方はこんな車両は昔は当たり前みたいに乗っていたのではと思いますが、今ではほぼ姿を消してしまいました。
わずかに大井川鉄道で観光用ですが定期運用が残っている程度だと思います。映画やドラマの撮影もここで行なわれているようです。
最近このようなレトロブームが起こり、木の香りがする旧型客車の臨時列車が走ったりすると、大きな話題になったりします。
写真は上が昭和53年10月の改正で廃止になった、上野発一ノ関行の普通列車の車内の様子です。(本人撮影)
下が金曜日に買ってきた「鉄道ジャーナルー長距離鈍行特集」です。

◆当時乗車した客車鈍行
・東北本線上野発福島行列車
かなり昔で埼玉に住んでいる時、何かの用で東京に行き、たまたま上野駅から帰りに高崎線・東北線の列車に乗ろうとしたらこの列車に乗りました。たしか16時くらいだったと思います。ドアが開いたままのデッキにいました。
・北陸本線糸魚川ー富山間
昭和53年3月に北陸方面に普通列車で旅行、中央線で松本に、大糸線の旧型国電と旧型ディーゼルを乗り継いで糸魚川から乗車、富山まで。客車の中は昔の映画に出てくるような木のニス塗りの古めかしい車両でした。車内は夕方で高校生で満員。夕暮れが過ぎた親不知付近では灰色の日本海が続いていたのが印象的でした。
・北陸本線富山ー金沢間(同上昭和53年3月)
その翌朝、富山駅を5時台に乗車。朝早くでガラガラなのにかなり長い編成でした。途中から通勤列車に変身、金沢手前では立ち客が出るほどの混雑でした。
・東北本線上野発一ノ関行普通列車で上野ー大宮間乗車(昭和53年10月)
当時上野駅から発着していた旧型客車普通列車はこの一ノ関行が最長で有名でしたが、ほかに前出の福島行、常磐線経由仙台行、高崎行がありました。これらがすべてこのダイヤ改正で廃止になりました。
当日は鉄道ファンが押しかけて大変な混雑でしたが、今のように大きく報道されることはありませんでした。
・山陰本線京都ー鳥取間「山陰号」(昭和59年9月)
友人と旅行に行き利用、以前はこのような愛称のある夜行普通列車が各地に存在していました。すでにこの時は12系というブルートレイン色の客車になっていて、冷房もガンガンに効いていたのを憶えています。車内はかなり混雑していてボックスは定員どうりで夜は足の置き場に皆困っていました。
・山陰本線京都ー福知山間(昭和59年9月)
前出の旅行で再び京都を朝5時代に出る浜田行の客車普通列車に乗車。木の匂いのするかなり旧型の客車でしたが、途中綾部までツッパリ高校生の集団で超満員とでビビって乗車していたのを憶えています。
・磐越西線会津若松ー新津(昭和61年12月31日) また友人と会津に旅行、彼はいわきなので現地で別れ私は大阪に向かうために乗車、大晦日ということもあり車内は混雑、寒い地域なので暖房が効きすぎてかなり不快でした。約4時間かかり新津に到着、ここで当時まだ走っていた青森から大阪に向かう特急白鳥に乗車しました。会津若松を8時くらいに出て、大阪に着いたのは夕方の6時過ぎで疲労困憊でした。もうこの時期は旧型客車は相当減っていて、この列車も50系という赤い客車でした。
以上実際に客車の普通列車に乗車したことはこれくらいしかなく、当時も時間の余っている人以外は長距離で乗り通す人はあまりいなかったのではと思います。北海道を列車でまわった時もほとんどはディーゼルカーで客車列車に乗った記憶はありません。

長距離移動にも耐えられる車内設備がありノスタルジックな旅情を誘う客車列車はもう最上の贅沢と化してしまったようです。唯一定期運用が残っている大井川鉄道には頑張って欲しいと思っています。