サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

当ブログは2018年3月よりURLが、
http://blog.livedoor.jp/chikao1216/
から
http://burauda.blog.jp/
に変わりました。サブドメインのため旧URLでアクセスしてもリダイレクトしてアクセスできます。
また名前も「サイト運営者日記・ぶらぶらうだうだ」に変わりました。

内容は「時代文化ネット」制作者が運営する日記で特にテーマはありません。
日常のサイト活動などにおいて見聞きした内容や、現在の社会や自身の生活などを通して感じたことなどをそのまま記載する形にこのたびリニューアルしました。
現在の掲載記事は以前の「穴狙い千ちゃん〜」「ちかお日記」に掲載されている記事をそのまま残してあります。
旧記事は「改修前」のカテゴリになっていて、「人気」???と記載があるのは人気があるかどうかは知りませんが、自分でまあまあ気に入っていた記事です。

民話

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昔、学生時代に長野県などで民話の調査をしていましたが、地元に伝わる話で一番多く聞くことが出来たのは、「きつねに化かされた話」でした。

大雑把にいえば、たぬきも人を化かすようで、地元では昔から「山に行くときつねやたぬきに化かされるから気をつけろ」というような戒めがあるようでした。

でも具体的な話になるとなぜか山で人を化かすのはいつもきつねで、そういう話ばかりでした。

山は一人で行くと道に迷ったり、さまざまな危険があるから気をつけろということなのでしょうが、その題材はいつも彼らが悪役になるという設定でした。

それはおそらくまず昔はきつねやたぬきはひじょうに身近な動物で農作物を荒らしたりするほか、いろいろな習性にあるのでしょうが、大きな理由として考えられるのはその風貌にもあるのでは、と思っています。

もっと具体的にいえば、人間にも風貌がきつねやたぬきを連想させる人が数多く見られます。
それが長い歴史の中で、きつね顔の人は狡猾でずる賢く、たぬき顔の人は感情を表に出さないおとぼけタイプというイメージがこびりついているのではと思います。

私も仕事柄数多くの人と接しますが、そのようなイメージで先入観をもってしまうことも多々あります。

実際にはそうでないことも多いわけですが、意外にこのような昔からの言い伝えなどは馬鹿にできないことも多いのではとも思っています。

やはり長年の気の遠くなるような経験則の中で一般的な傾向というのは定着していくわけで、あながち間違っていないのかもしれません。

これはたとえ話ですが、現在の人間社会においてもこんなことがあるかもしれません・・

きつね顔の男の話

これは昔、昔・・・ではなく、現代、現代の話です・・

ある日私は仕事で不都合が生じて、取引先のA社という会社にクレームをつけました。
そして相手の会社A社の担当者と面談することになりました。

応接間に通されて待っていると・・

応接間に担当者が入ってきました。

顔は何となくですが「きつね」っぽい顔つきです。

担当者:「いやー、このたびは申し訳ありません」

私:「それじゃ困るんだよ、どうにかしてくれよ」

担当者:「それではこんな案でどうでしょうか?」

きつね顔の担当者は「ニヤッ」と笑いました。

ちょうどきつねが人を化かして、得意げになった表情に似ているように感じました。

{こいつ、おれを化かそうとしているな・・}

私:「お・おれは騙されねえぞ!、お前のようなきつねみたいなやつにはな・・」
と思わず言ってしまいました。

担当者は私のあまりに乱暴な予期しない反応にびっくりしました。

「いや、え・え・え・えー、そんな・・・・・こと言わないでくださいよ」と言うと、うろたえたせいか咳き込んでしまいました。
「コンッ、コンッ、コンッ!」
ちょうどきつねの声のように・・

それを見た私は、
「そおれ見ろ、やっぱりお前はきつねだな。」

担当者:「何をおっしゃってるんですか。私は誠心誠意申し上げてるんです。信じてください!」

私:「いや、お前はきつねだから信じられねえな。本当は後に尻尾があるんだろ?立ってみろよ」

担当者:「まさか。では見てくださいよ」

担当者はスッと席を立ち後を向きました。
そこにはズボンがあるばかりで、尻尾のようなものはありませんでした。
ただ、しばらく座っていたので、すこしズボンが空気でふくれていました。
ちょうど尻尾を隠しているように・・

私:「ほら、やっぱりそのふくらみは尻尾隠しているんだろ?白状しろ、このきつね野郎!」

担当者:「いいえ、けっしてそんなことはありません。私はきつねなんかじゃありません。それだったらズボンも脱ぎますから・・」

というと担当者はズボンも脱いでしまいました。

するとそこには立派な尻尾が・・・
なんてことはなく、擦り切れかかったパンツしかありませんでした。

担当者はすでに顔を紅潮させていました。

{まずい・・。きつねじゃなかった、どうしよう・・。でも本当は尻尾があるはずなのに・・}

私は本来文句を言いに来たのに、逆にどうしようもない状況に追い込まれてしまいました。

「いやあ、そうだね。尻尾はないね・・」

私はそそくさと逃げるように退散しました。

会社に帰ると、早速上司に呼ばれました。
上司:「今な、A社から連絡があってな。わかるだろ?何で呼ばれたか」

私:「いや、いえ、あの・・はい。何でこんなことになってしまったんでしょうか。やっぱり私が悪いんですよね?」

上司:「そうだな。おおかたきつねにでも化かされたんだろうよ!」

うーん、やられた・・

☆☆☆☆☆

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「さあっ、学校も終わったし、これから川に遊びにいくぞ!」
僕は開放感のあるこの瞬間が一番好きです。

「川に行くのはいいけど、河童に引っ張り込まれないように気を付けなよ!」
お母さんがいいました。

「いつの話をしているんだよ。今どき河童なんかいるもんか」

「いるんだよ!」
僕の母はいまだに河童がいると信じています。

そんなこんなで川に遊びに行くと、あいにく今日は友達は来ていませんでした。
一人じゃつまんないなあ、と思い少し上流に向かっていって水際でジャブジャブ遊んでいました。
折角来たのでいつも遊んでいる場所と違うところに行ってみようと思ったのです。

本来ならここで「河童」が登場するはずですが、河童は出てきません。
「ほら、いないじゃないか。河童なんているわけがないんだよ」

仮にもし期待に応えて河童が出てきたとしても、河童の話はだいたいこんな感じで終わってしまいます。
そこで引っ張り込まれそうになり、なんとか逃げ帰るとか、そんな感じです。

河童は昔話によく出てくる、いわゆる「妖怪」です。
当たり前の話ですが、見た目から考えてもほぼ実在はしないと考えます。

でも他の妖怪と違ってひじょうに不思議、不可解な部分が多いと個人的に感じています。

妖怪といえば「ゲゲゲの女房」でおなじみの水木しげるさんが有名ですが、河童はあまり個性もなくもっとシンプルです。
河童伝説は日本中ほぼあらゆるところに存在しているようです。

学生時代に長野県で民話の調査をしましたが、私の知る限り河童の話で面白い話はほとんどありませんでした。

大体先ほどの話のような感じです。

きつねやたぬきにばかされる話などのほうがいろいろバリエーションがあって面白い話が多いと思いました。
この種の話は山で道に迷うことの危険を戒めた話が多いようですが・・。

ところがきつねやたぬきは動物そのものですが、河童や鬼、天狗、竜などは実際に実在しない「妖怪」です。

私は少しかじった程度なので専門知識はありませんが、たとえば天狗は外国人なのでは?という説もあるそうです。

また鬼は潜在的ないわゆる「魔」というか、たとえば疫病とか災害などよくないことをあらわしているのではと想像します。

竜はその容姿からも想像できますが、洪水とか鉄砲水をあらわしているように思っています。
少なくとも長野県で取材した範囲ではそのように感じました。

ところが河童は何を参考にあの容姿が考えられたのか?・・不思議です。

前回の記事で私は「宇宙人は人間の想像の産物である」という個人的な見解をのべましたが、
民話の場合は長年の生活の中で自然に培われた現実の出来事の積み重ねから出来上がっているはずで、そういう意味では本当に不思議な生物です。

もちろん誰でもおわかりだと思いますが、河童は本来「川の危険」を戒めるための話であると思っています。

水はすべての生命の源でもありますが、同時に大変危険なものでもあるということを知らしめるためにこのような話があるのだと思います。
なぜかと言えば人間は川がいくら危険でも、川の近くでなければ生きていけなかったからではないでしょうか?

それではいったい何の生き物に似ていいるのか?
かいもく見当がつきません・・。

「君はどこからきたんだ?」
「いったい何者なんだ?」

「私は河童です」
とこたえるしかありません。

さらにもっと不思議なのは、昔はそんなに人の行き来が多くなく、普通の村人は一生村を出ることがなかったと思うのに、全国どこでも「河童」は同じ姿をしています。

たとえば竜や天狗のように何か他の姿をもじってできた妖怪であれば理解できるのですが、

河童はもとから何をもじってできたかわからないのに、日本全国ほぼ共通の容姿です。

「もしかしたら昔は河童は本当にいたのかもしれない」
そう考えるほうがつじつまが合います。

ゆえに「河童は実在したのかもしれない」というのが私の個人的な見解です。
少し乱暴ですが・・。

それでは当時の河童は今はどう過ごしているのでしょうか?
河童はおそらく、陸にあがって人間と融合してしまったのかもしれません。

なぜかそんな気がします・・・

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