サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

当ブログは2018年3月よりURLが、
http://blog.livedoor.jp/chikao1216/
から
http://burauda.blog.jp/
に変わりました。サブドメインのため旧URLでアクセスしてもリダイレクトしてアクセスできます。
また名前も「サイト運営者日記・ぶらぶらうだうだ」に変わりました。

内容は「時代文化ネット」制作者が運営する日記で特にテーマはありません。
日常のサイト活動などにおいて見聞きした内容や、現在の社会や自身の生活などを通して感じたことなどをそのまま記載する形にこのたびリニューアルしました。
現在の掲載記事は以前の「穴狙い千ちゃん〜」「ちかお日記」に掲載されている記事をそのまま残してあります。
旧記事は「改修前」のカテゴリになっていて、「人気」???と記載があるのは人気があるかどうかは知りませんが、自分でまあまあ気に入っていた記事です。

横須賀

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前日山梨に行ったばかりでしたが、9/10(金)も仕事関係で横須賀、千葉を訪問しました。
青春18きっぷの最終日で1回分あまっていたのと、同じ路線上で遠い割りに便利なので同時に行くことにしました。

折角なので大船で新作の鎌倉助六という駅弁を購入、あと一応有名な駅そばを食べました。
100910北鎌倉駅
そして北鎌倉で下車(写真)レトロ駅舎を見ました。
さらに横須賀線で横須賀に、以前一度訪ねましたが、ここも文化財級の駅舎を見るために下車しました。(写真)
100910横須賀駅
横須賀駅前はすぐ海になっていてフェリー二公園という海浜公園です。
ここでしばらく業者さんと電話をかけながら眺めを堪能しました。今日は軍用の船舶が何隻か停泊していました。(写真)
100910横須賀港
そして京急の逸見駅まで歩き、京急で横須賀中央へ。ここが目的地です。
客先で面談が終わり、今度は京急で久里浜に。
100910久里浜駅
歩いてJR久里浜駅へ(写真)。ここもレトロ駅舎です。
暑さでかなり疲れてきたので、ここから千葉まではグリーン車に乗車しました。(写真)
100910横須賀線グリーン車
なんといっても2時間以上かかるのでゆっくり休めました。

そして次の目的地の千葉に到着。
ここでは駅弁をすでにいくつか買ったことがありますが、今回はスモールさんおすすめの「とんかつ弁当」を買いました。
詳細はグルメブログに記載します。

駅そばも食べましたが、大船駅とともに諸般の事情でブログには掲載しません。いずれ当ブログで番外編で記載したいと思います。
100910千葉市街
時間はもう夕暮れ時で(写真)、18時のアポイントなので急いで客先に。

ようやく面談が終わり、総武線快速〜各駅停車〜中央線快速と乗り継いで帰宅しました。
あ〜疲れた!

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横須賀市・三笠ビル商店街写真
今日は再び横須賀に。帯状疱疹になる寸前に行き、
2回目の訪問が延び延びになっていました。

写真は訪問した横須賀中央駅近くの三笠ビル商店街です。

このビルはかなり古くからあるようで外見以上に内部は昭和の香り満点です。

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今日は仕事の急用で横須賀に行きました。
横須賀は久里浜フェリーに何回か乗った時や、以前夜仕事で郊外の駅に行った時に通過しましたが、実際町中を訪ねたのはなんと、幼少時(何十年前??)以来です。(もちろん2回目です)
横須賀市三笠公園写真
物心がつく前の記憶というのは大人になってしまうとほとんど忘れてしまうものだと思います。
ところが何十年経っても心に焼き付いて離れない、情景の記憶というものが一部残っている方も多いのではないでしょうか。
その情景はどこなのか、またいつのことで、どういうことがあった時なのかは全く思い出せないけれど、記憶のスクリーンにその景色や光景だけが鮮やかに残っている、そんな情景の記憶がいくつか私にも残っています。

私事で恐縮ですが、横須賀の情景の記憶もそのひとつでした。
横須賀の他には大阪の淀川の夕方の風景、心斎橋の飲食店(後で聞いたらかに料理屋だったはずです)から川を見下ろした風景などです。
どれもかなり強烈で日常的ではない個性的な風景ばかりですが詳細は全く憶えていません。
横須賀市ウ゛ェリーニ公園写真
横須賀の記憶とはこんな内容です。

私の母は金沢の学校を出たのですが、戦中戦後の混乱時期で母親(祖母)と姉妹(叔母・伯母)は当時横浜に住んでいたそうです。社会に出てしばらくして私の母親も上京して結婚して大阪に引っ越すまでは横浜で一緒に住んでいたそうです。

当時戦後すぐのバタバタの時期で日本中大混乱だったようです。
そんな時代だったので、前述の叔母・伯母(母の姉妹)は二人とも当時横須賀にいたアメリカ駐留軍の軍人さんと結婚しました。結局両家族ともアメリカに行ってしまったのですが、私が生まれてしばらくの幼かったころまで叔母の家族は横須賀の基地に住んでいました。

もちろん滅多に会うこともなかったのですが一回だけ私も連れられて、みなで会いに横須賀に行ったことがあります。
その時の細かい記憶はほとんど無いのですが、米軍基地の中の住宅(行ったことありませんがアメリカにいるような・・)で義理の伯父(アメリカ人です)に抱いてもらったら、私は怖がって泣き叫んだそうです。そしてしばらく泣き叫んだままだったそうです。
抱かれて泣いたことは殆どおぼえていませんが、異国のような風景はおぼろげに憶えています。
横須賀駅・駅舎写真
そしてここからが強烈に記憶に残っている情景です。
面会が終わり、帰路につくために駅で電車に乗ったのですが、母親もまったく初めての場所で間違えて反対方面(久里浜方面?)の電車に乗ってしまいました。
私はすでにもう散々泣いていたのですが、電車を間違えてことでまたさらに大泣きしてしまったそうです。
というのも、その記憶の情景は今の横須賀の街のような華やかな情景ではなく、どちらかというとさみしくうす暗い駅のホームがあり、ホームからはすぐトンネルになっている、そんな情景でした。
異国的な情景とそのさみしい風景が合わさって、しかも間違えたという、当時の幼児にとっての「恐怖」も重なり、ホームからの情景だけ強烈に記憶に残ってしまったのでは、と今になると思います。

今日掲載した3枚の写真は上から中心部の三笠公園とJR横須賀駅前にあるヴェリーニ公園の横須賀駅の昔のままの駅舎の写真です。

JR横須賀駅は町中の大きな駅なのかと思っていたら、写真のように古いままで、街からを遠く離れた軍港のすぐ近くの海沿いにありました。
そして、JR横須賀駅のホームに立った時に「あっ」と気付きました。

私が幼少時からずっと憶えていたあの強烈な情景は、このJR横須賀駅のホームから見た風景でした。
いまも当時から大きく変わっていない、少しさみしい風景でした。

と、普通はこれで話は終わりですが、この日は都心に戻ってまた夕方から業者の人と会う約束をしていました。
ところが夕方過ぎに山手線や埼京線が止まってしまい、その関係でお会いするまでに予定より約二時間くらいかかってしまいました。

最初は新宿の予定でしたが、その関係で下北沢になりました。よく電車が止まって混乱することがありますが、この日の混乱はかなりのものでした。ひどい目にあった方もいらっしゃると思います。

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