サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

当ブログは2018年3月よりURLが、
http://blog.livedoor.jp/chikao1216/
から
http://burauda.blog.jp/
に変わりました。サブドメインのため旧URLでアクセスしてもリダイレクトしてアクセスできます。
また名前も「サイト運営者日記・ぶらぶらうだうだ」に変わりました。

内容は「時代文化ネット」制作者が運営する日記で特にテーマはありません。
日常のサイト活動などにおいて見聞きした内容や、現在の社会や自身の生活などを通して感じたことなどをそのまま記載する形にこのたびリニューアルしました。
現在の掲載記事は以前の「穴狙い千ちゃん〜」「ちかお日記」に掲載されている記事をそのまま残してあります。
旧記事は「改修前」のカテゴリになっていて、「人気」???と記載があるのは人気があるかどうかは知りませんが、自分でまあまあ気に入っていた記事です。

客車普通列車

ブログネタ
競馬観戦記 に参加中!

二日間のハードスケジュールを終えて、日曜の午後はテレビで競馬観戦でした。またまた福島・いわきに行きましたが、それはあらためて・・。
といってもここのところハズレまくり状態のうえ、ほかのレースはわからず「JRA−VANの鉄人」対象レースのみ観戦です。

問題のエリザベス女王杯は英オークス馬のスノーフェアリーが下馬評どおりの圧勝でした。
やはりブエナビスタ、レッドディザイア級の馬でないと相手にならないクラスでした。

「JRA−VANの鉄人」には節操のない投票方法だったので、本命は全然別の穴馬でしたが、最後まで手に汗握るレースでした。

というのも競馬ブログにも書きましたが三連単でスノー・メイショウ・リトルというのを持っていたのです。
問題の3着争いは体勢的にはリトルが粘ったように映りました。
またゴールのスローでも鼻面が残っているように見えたのですが・・

ところが着順は無情にも3着はアパパネ。
表題ではありませんが、「ラッキー、取った!」と思っていたのに、谷底に突き落とされたような感じでした。
まあ読み切ったレースではないのでしょうがないのですが、アパパネの勝負根性には敬服です。
たしかオークスの時も体勢は完全にサンテミリオンに見えましたが、鼻面伸ばして同着でした。

さて圧勝したスノーフェアリーは次走はジャパンCとのことで、日本の馬場も大丈夫ということであれば、
疲れやアクシデントがない限りかなり有力になりそうです。

ただ今年のジャパンCはブエナビスタ、ナカヤマフェスタ、ローズキングダム、ヴィクトワールピサ、エイシンフラッシュ、オウケンブルースリ、ジャガーメイル
と近年まれに見る豪華メンバーがそろい、今回の相手とは違うのである意味楽しみなレースにはなりそうです。
スケジュール的に無理なのでしょうが、辞退したブリーダーズCの勝ち馬が参戦していたら、ドバイ並みのレベルのレースが楽しめるところでした。
皆無事に出走にこぎつければと思っています。

というのもレーヴドリアンが先日急病で亡くなったとのニュースを見て、あまり馬に入れ込んだりしないタイプなのですがひじょうに残念に思っていたからです。
この馬は爆発的な追い込みの脚をたびたび披露して最近の競走馬には少ないタイプでかなり気に入っていたからです。
昔のホクトヘリオスをほうふつとさせる馬で、いずれ大きいレースを沸かせる馬だと期待していました。

さあ気を取り直してマイルCSと行きたいところですが、このレースも昨年3着の外国馬が再来日です。
スマイルジャックの初のG1取り、ショウワモダンがどうなのかなど話題は豊富ですが、マルカフェニックス、スーパーホーネットが既に故障で回避なので、
盛り上がりは今ひとつになりそうです。

そういえば前回のブログでコメントをいただきましたが、アルプス1号の天竜峡行の編成はたしか急行こまがね号という名前でした。
あと長野行普通客車列車は、長野発新宿行の夜行客車列車がそのまま折り返すために入線が異常に早い時刻だったと思います。

長野発の夜行は早朝新宿着でしたが、長野行の夜行は山男列車と呼ばれていたそうです。
むかしこの夜行列車は乗り越し酔っ払い列車でもあり、私も入社後に電車になり上諏訪行になった時代のこの電車に間違って乗ってしまい、立川まで連れて行かれえらい目に遭ったことがありました。
当時この列車は三鷹には止まらず、私の家は国分寺でした。立川に着くと当然上りは終わっていました。

ブログネタ
鉄道 に参加中!

これも先週ですが、ネットで古い時刻表(1973年1月号)を買いました。(写真)
1973年1月時刻表1
というのも神田で古本市のニュースを見て、急に欲しくなったからです。

調べたら私が最初に時刻表を見るようになった、新幹線岡山開業のころのものが1500円で売っていました。
見ると当時の懐かしい内容が出ていました。
1973年1月時刻表東海道線
1、東海道線(写真)
寝台急行銀河がまだ二往復のころで、1号は紀伊も併結していました。
1973年1月時刻表中央西線
2、中央西線(写真)
まだ電化前で、特急しなのは気動車、急行きそも同様、普通列車も多くは客車列車でした。
客車普通列車が長野県から遠路名古屋まで乗り入れていました。はるか昔はSL列車だったころもあったそうです。
1973年1月時刻表東海道山陽線
3、東海道・山陽線(写真)
岡山まで新幹線が延びましたが、京阪神や名古屋からは九州方面に多数の遠距離列車が出ていました。
特に急行日南は寝台列車で宮崎までの長距離でした。ほかにも雲仙、天草、西海、つくし、阿蘇などの夜行急行が出ていました。
1973年1月時刻表中央東線
4、中央東線(写真)
写真は臨時列車ですが、特急あずさは当時はまだとき同様、181系のこだま型で183系や189系になる前で、食堂車を連結していました。
また新宿から数本旧型客車の長野行の普通列車が出ていました。高尾以遠の普通列車はいわゆる旧横須賀線の70系という旧型電車でしたが、元1等車の車両などもそのまま連結していたはずです。

写真は以上ですが、交通公社の大型時刻表のはかに、鉄道弘済会発行のコンパクトなコンパス時刻表というのもあり(現在もありますが)、これには当時はSL列車にはSLマークがつていました。
北海道や九州にはSL牽引の普通列車が残っていました。
私の学校の先生が北海道に旅行に行ったら、函館本線でD51牽引の普通列車に乗ったと言っていたのを憶えています。

たまに眺めて、懐古趣味にひたりたいと思っています。

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