サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

当ブログは2018年3月よりURLが、
http://blog.livedoor.jp/chikao1216/
から
http://burauda.blog.jp/
に変わりました。サブドメインのため旧URLでアクセスしてもリダイレクトしてアクセスできます。
また名前も「サイト運営者日記・ぶらぶらうだうだ」に変わりました。

内容は「時代文化ネット」制作者が運営する日記で特にテーマはありません。
日常のサイト活動などにおいて見聞きした内容や、現在の社会や自身の生活などを通して感じたことなどをそのまま記載する形にこのたびリニューアルしました。
現在の掲載記事は以前の「穴狙い千ちゃん〜」「ちかお日記」に掲載されている記事をそのまま残してあります。
旧記事は「改修前」のカテゴリになっていて、「人気」???と記載があるのは人気があるかどうかは知りませんが、自分でまあまあ気に入っていた記事です。

改修前人気記事芸能音楽

ブログネタ
演歌・歌謡曲 に参加中!

りんともシスターズ画像1・情熱の砂漠
美しい女優姉妹のりんともシスターズが大々的に表題のコンサートを行います。


2014年12月8日:りんともシスターズ〜情熱コンサート「60"世界のPOPSを歌う」
60"ピーナッツ〜世界のヒット曲を熱唱します!
渋谷伝承ホール(渋谷区文化総合センター大和田6F)
http://www.shibu-cul.jp/
渋谷駅西口歩5分程度・246号歩道橋を渡り日本経済大学、セルリアンタワー(東急ホテル)そば
くわしいアクセス
http://www.shibu-cul.jp/access.html
開場17時30分 開演18時30分 4950円
司会小林大輔、ゲストFitz、Dai&Johji
コーラス;薗部理沙、演奏:りんともBand
後援:テイチクエンタテインメント
お申し込み・お問合せ:りんともファン倶楽部事務局・梶原まで(090-1453-1856)
りんともシスターズ新橋イルミネーションフェスタ
写真は11月18日新橋SL広場でに行われた「新橋イルミネーションフェスタ」でテイチクミュージックアワーのメンバーで出演されたときの舞台挨拶のもので、右側の二人がりんともさんです。
りんともシスターズ画像3・情熱の砂漠

りんともシスターズさんは女優の斉藤林子さんと、斉藤巴美さんの姉妹で、女優さんとして大活躍をされていましたが、数年前から姉妹デュオで歌も売り出して、いわゆる「サラリーマンのアイドル」に。
しかも歌う歌は私の大好きな「昭和の歌謡曲」、
その中でも特に好きなザ・ピーナッツのカバー曲を中心に活動
されているということで、
これは聞きに行かなくては、
りんともシスターズ画像2・情熱の砂漠
ということで10月に行われた、赤羽の「美声堂」のキャンペーンを見に行きました。

そしたらこれがすばらしい、さすが姉妹(双子ではありませんが)、息もぴったりのハーモニーを披露されていました。

「これはなんとしても応援したい!」

ということで、
「りんともシスターズ」さんを皆さん応援しましょう!

りんともシスターズホームページ

ザ・ピーナッツ「情熱の砂漠」カバーのYoutube

テイチク・りんともシズターズのページ

タウンクリニックのりんともシスターズのページ

写真は上から1,3,4枚目がりんとも倶楽部さんの提供、2枚目が私の撮影です。

ブログネタ
自分にとっての名曲とは? に参加中!

スモールさんの記事に中島みゆきの話が出ていました。

ネタぱくりになってしまいますが、その話は賛同したので・・

かくいう私も中島みゆきフリークの一人です。
ごっそりレコード、CDを持っている状態です。

特にスモールさんの話に出ていた初期の名曲「時代」は私も大好きです。

年がばれますが、最初に聴いたのは中学時代です。
このころは毎晩のように布団の中でラジオの深夜放送を聞いていました。

当時はそれが流行で、午前1時からは賑やかな若者向け番組、3時からはトラックの運転手さんなど深夜に働いている人向けに歌謡曲、演歌番組が主流でした。
八代亜紀などは特にトラックの運転手から好まれ、このような番組が育てたスターだと言っても過言ではないと思っています。

TBSラジオで午前3時からやっていた「歌うヘッドライト」。
ノンノンこと江川範子さんの金曜深夜、石渡のりこさんの木曜深夜は特によく聴いていました。

この番組でこの「時代」をはじめて耳にして、大変な衝撃を受けたのをおぼえています。

一般的には歌、特に流行歌の多くは恋愛など、人の情の歌がほとんどです。
この歌も当然そうなのでしょう。
中島みゆきの何かの経験などによって生み出された物だと思います。

ところがこれは恋愛だけではなく、人生全般の他のどんなことにも全く同じように思える、というか聴く側が思うことが出来る歌詞であった、と感じました。

嫌なこと、絶望、不安、さみしさなど今まで生きてきて数限りなく経験されている方が多いと思いますが、

この歌を聴くと、楽になり、

そして「まあ、いいか」と思い、

そして「さあ、また出直すか」

という気分になるから不思議です。

歌詞で言うとやはりさびの

「まわる、まわるよ、時代はまわる、別れと出会いをくりかえし、今日は倒れた旅人たちも、生まれかわって歩き出すよ」

という一節を聴くと、
肩に乗った重石が取れるように楽になりました。

最初に聴いた当時の中学生の私には当然そんなことはあまりありませんでしたが、

その後さまざまなことが起きるたびに

「この歌が救ってくれている」、と思っていますし、これからもきっとそれは続くと思います。

たった何百円のレコード1枚がかけがえのない財産に思える、そんな気持ちになれる歌のひとつです。

多分逃げ場のない苦しみにあえぐような苦労をされてきた人たちのなかにも、ふとした機会にこの歌に出会い、救われた方もたくさんいるのでは、と思います。

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70's&80's 邦楽アーティスト に参加中!

柳ジョージさんが亡くなってしまいました。まだ63歳だそうです。

「ブルース、横浜、倉庫や半暗い古ぼけたライブハウス」

ステージなど見たことはないもぐりファンです。もちろん濱っ子でもありません。

ただ親戚に米軍の人がいて、小さい頃その絡みで何度かわざわざ横浜や横須賀にいったことがあったので曲から連想するイメージがすごく近くて、好きなグループでした。

そういう環境で育っていないので、あこがれていたのかもしれません。

昔、金がないので友&愛で借りた、「YOKOHAMA」をテープにとって擦り切れるくらい聞きました。

もう手元にテープなどあるわけないので、さきほどネットで聞いていました。

まったく意表をついたニュースだったので・・、残念です。

さみしいのでついでに中島みゆきだ、村下孝蔵だと聞きました。(殆どレコード持っている曲ですが・・)
一人でコップ酒飲みながら・・・

ライブハウスといえば、東福生の埃臭い「UZU」というところはどうなったんでしょうか?
福生もそういう町で、ここ日本?というようなところもけっこうあります。
都心のものとちがい、時代物の外国映画に出てくるような、掘っ立て小屋ふう倉庫みたいなところでした。

学校時代に友人が「UZU」出るので、40度の熱を押して台風の中を車で行ったことがあります。
狭い、暗い、空気悪い中、轟音でめまいがして、正直いうと演奏の音楽のメロディーもわかりませんでした。

ストーンズだったのですが、かろうじてブラウンシュガーだけ、聞き分けることができました。

でもある意味文化財みたいなところでした。
こういうものが今後新たにできることはまずないと思います。

ちなみに聴いた歌のリンクです。

◆柳ジョージ(解散後のライブと思われます)
・酔って候
http://www.youtube.com/watch?v=o6_z6GabGE8
・フェンスの向こうのアメリカ
http://www.youtube.com/watch?v=a_TMRhISrlU
・本牧綺談
http://www.youtube.com/watch?v=JtxHd2ucvHs

◆中島みゆき
・ピエロ
http://www.youtube.com/watch?v=-UGbkP5upvk
・遍路
http://www.youtube.com/watch?v=7Inq0O60X_w

◆村下孝蔵
・絵日記
http://www.youtube.com/watch?v=aIgtKSazrUA
・夢の跡
http://www.youtube.com/watch?v=qsXRXqOOTgQ

ブログネタ
音楽と日々のたわごと に参加中!

火曜日の夜、いつもお世話になっているシステム会社の人と荻窪で食事をしました。

毎月私のお客さんのところで集金しているので、そのお金を渡すということもあるのですが、単に飲みに行きたいというパターンになっています、

最初はいつものように花屋で料理もろくに注文せずに飲みまくっていたのですが、そのうち酔いが回ってきて、
先日キャンディーズのスーちゃんが亡くなったのもあり、カラオケに行こうということになりました。

年初も同じパターンで八幡山で電車がなくなってしまっても歌って、タクシーのお世話になりました。
今日はそんなことはないように・・、と思っていたのですが、
またまた電車の時間を通り過ぎてしまい、今度は私は大丈夫だったのですが、相手の方は歩いて帰る目にあわせてしまいました。
申し訳ないと思っています。


カラオケを出る、少し前くらいに、LAT.43°N(北緯43度)という歌がどうしても歌いたくなって、入れましたが、
曲名でさがすと、最近りばいばるさせた歌手のしかなくて、入れてみるとスローなバラード調にアレンジされたものでした。

どうしても本家本元が歌いたくて、歌手名で探そうとしたのですが、
ドリカムの名前を度忘れしていて、どうしても思い出せなくなってしまいました。

「うーん??」
年のせいなのですか、どうしても思い出せません。
数分くらい考えて、やっと思い出しました。


この歌自体、私は知らない歌でした。
もう20年近く前ですが、ある女の子が、一緒に飲んだ時に歌ってくれたことで初めて知りました。

私は当時何年も付き合った女性と別れたばかりでした。
私を知る人はよくご存知だと思いますが、女遊びをするというタイプ、いわゆる軟派では全くないのですが・・、
まだ若かったので、さみしくて、だれか一緒にいてくれる女性を求めていたのかもしれません。


当時学生時代の友人が結婚をする前に、彼と彼女と私の三人で、新宿で飲むことになりました。

最初は三人で仲良く飲んで楽しい一時でしたが、だんだん酔ってくると、
彼と彼女と二人きりで話し込むことが多くなってきました。
だんだんつまらなくなってきました。

私も相当酔っていたので、つむじがまがってきました。

ふと、横を見ると、三人組で飲みに来ている若い女の子のグループがいました。

途中の記憶が飛んでいるので、そのあとのいきさつは覚えていないのですが、
気が付くと私はその娘たちのテーブルで飲んでいました。

たしか三人とも二十歳くらいで、
普通だとこんな酔っ払いのあやしいお兄さん(当時は)が乱入してきたら、「こわーい」とか「きもい」
とか思われてしまうところですが、なぜかわかりませんが、彼女たちはよほど退屈していたのか、
私を受け入れてくれました。

ほかの二人はあまりどういう娘か記憶がないのですが、一人だけそのグループで中心になっていた娘が気になりました。
「まどか」と皆が呼んでいました。

そのまま一緒に飲んでいると、
友人のカップルが
「俺たち帰るけど、お前は?」
と言ってきましたが、少し不愉快に思っていたのもあり、
「じゃあな、俺はまだいるから」
とそのまま彼女たちと一緒に飲んでいました。

結局朝まで飲んで、明け方にファーストフードで食事をして別れました。


本来はそれだけの話なのですが、

なぜか家に帰ってみると、まどかという娘の連絡先だけ残っていました。


しばらくはそのまま生活していて、記憶も薄れてきましたが、
そのうちまた一人でいると、さみしくなってきました。

「そういえば・・」
私はその「まどか」に連絡してみようと思い、電話してみました。
彼女は秋葉原の大きな電気屋さんで店員をやっていました。

「また会えないかな?」

185%断られると思っていると、
「いいわよ」
意外にもあっさりOKでした。


彼女は伊豆七島の出身で故郷の友人なども紹介してくれて、
一緒に飲みにいくこともありました。

一緒に飲みに行くと明け方まで、限界まで飲みました。

一度荻窪で飲んだとき、二件目で日之出街という西口の古い飲み屋街の中の、地下のパブのような店に行った時に

彼女が歌った歌が、「LAT.43°N」でした。

実はドリカムが歌っていたと知ったのは、それから十年くらい後のことです。
誰の歌かわからないけど、いい曲だな、とその時感じて、
それから誰が歌っているのか、なんという曲なのか、など調べた時期もありましたが、まったくわかりませんでした。

その歌を歌った日は彼女は飲みすぎて、街中でしゃがみこんでしまうほどでした。


私は彼女が年の離れた妹みたいに思えて、えらそうに人生相談ではありませんが、お兄さんみたいな感じで話していました。

彼女は当時彼氏がいたのですが、うまくいっていないのかある時電車が無くなった時間にいきなりアパートに電話をかけてきて
「今から行ってもいい?」
と言いました。

来てみると、やはり彼氏とうまくいっていないような話を繰り返ししていました。
その晩もずっといろいろと話していました。
皆そういうのってあると思いますが、話が続く人とそうでない人ってありますが、その娘とはなぜか話が続きました。


なんとなく、もしかしたら・・

と思っていたころ、たまたま会社の同期の人から、合コンみたいな集まりをするのに人数が足りないから来てくれといわれ、
行ってみると、そのメンバーに今の妻がいました。

私も勝手な話になりますが、自分がさみしいというのもありましたし、さらには家庭環境も急変や自分の身辺もいろいろな問題をかかえていたので、
結婚自体あきらめかけていたころだったので、思い切って今の妻に
自分の状況をありのままに説明して、モーションをかけてみました。

これも絶対断られるだろうな、と思ったのに、
意外にもとんとん拍子で話が進んでいきました。


その最中もよく彼女(まどかさん)とは電話で話したりしていました。
もちろん結婚を前提にお付き合いをしている、ということは秘密にしていました。


でもクリスマスか何かの日に、たまたま妻が部屋に来ていたときに、
彼女から電話がありました。
「わたしもスキーの板とウェアー買ったの。行こうよ」
前々から私がスキーが好きだという話をしていたので、やっと買って電話をしてきたのだと思います。

「いや、今ちょっと、実は俺結婚するかも知れないんだ」
とそのまま言ってしまいました。

彼女はすぐ電話を切り、それから現在にいたるまで一度も話すらした事もありません。

よく別れた後も抵抗なくそういうことをできる相手って、いると思いますが、
その状況や相手との接し方によるものなのだと思います。

きざっぽく言えば苦い青春の1ページの記憶になりました。


それから数年後、奇しくも荻窪に勤めることになり、行きつけのスナックの女の子がこの歌を歌ってくれました。
この店は今でもありますが、お客が何時間も来ない時もあり、当時貸し切り状態で、店の女の子と世間話をしながら歌い放題という状態でした。

こちらが頼んだわけでもないのにこの歌を歌ってくれました。
それでドリカムの歌ということを知りましたが、酔っていたので曲名まで聞くのを忘れてしまい、

これを調べるのも大変でした。


長々とくだらない話を読んでいただいた方には頭が下がります。


ただ誰でも人生の転機のような瞬間ってあると思うんです。
そのときにその記憶を一番象徴するのって、音楽だったすることってよくあると思います。

結局結婚してくれた妻にもいろいろなことで大きな苦労を背負わせてしまいました。

あのとき「LAT.43°」の歌にほれ込んで、うまくいくかもわからないけど、もうひとつの選択にチャレンジしていたらどうなっていたのでしょうか?


あっさりその場で振られていたかもしれませんね・・。

男女関係に限らず人の気持ちや好意をかけてくれる人たちに正面から向き合って、少しは応えられるように成長した自分になっているのでしょうか?

当時とあまり変わっていない、いいかげんな自分が大勢を占めているような気がします。

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音楽を感じる生活 に参加中!

今日はデザイナーさんと中野の事業者様を訪問をしました。
彼は若くまだ20代ですが、腕はかなりのものという事で何年も前に会社を立ち上げて活躍しています。
ご紹介ということで話が腰折れになってしまっては大変だ、と思っていましたが
相手の方のご好意もありそれなりの仕事にはなるはこびになりそうで、少しほっとしました。

その緊張のせいか、終わったら荻窪の得意の「花屋」に行き、一杯やりました。
ところが段々酔ってきて、かなりの時間だったのですが、そこを出てから久しぶりに反対口の地下のスナックに行ってしまいました。
もう病気ですね・・

ここは昔からよく行っていたスナックでひじょうにリーズナブルです。歌も歌い放題で種類もたくさんあります。
最近はあまりいかなくなっているのですが、歌が歌いたいときに本当にたまに寄ることがあります。
ここしばらく、なかなか歌が登録されていないのですが、表題にある中島みゆきの「サヨウナラを伝えて」(研ナオコも歌っています)がむしょうに歌いたい、としらふの時は思っていたのですが、
酔ったらなぜか忘れてしまっていて、歌をさがすことも忘れていました。

この歌は研ナオコにプレゼントした歌で、あとで本人もたしか「おかえりなさい」というアルバムで歌っています。

この歌を聴くと、なぜか福知山線の三田を思い出します。

結婚前に祖父母に妻を紹介するため、当時まだ走っていた急行「銀河51号」という夜行の臨時列車で大阪に行きました。
もちろん座席車です。寝不足のまま福知山線に乗り換え新三田まで行きました。

福知山線は例の事故で皆に知られてしまいましたが、昔は通勤などではだれも乗らないようなローカル線で古い客車列車ばかりでした。
ところがJR発足後び宝塚〜道場の山間部の線路を付け替えて、大幅にスピードアップして通勤路線に生まれ変わりました。

ただこの区間はけわしい六甲山地を縦断するので、祖父がむかしよく鮎釣りにいっていたくらい深い山の中で、武庫川も深い渓谷になっています。

山地を抜けると、今度は一変、三田の盆地に入ります。
でもそこは広い田んぼが広がり、向こうには山が続く田舎の風景になってしまいます。

妻はただでさえ都会育ちで関西に地縁もなく不安で、夜行列車の疲れもあったので、この風景をみてすごい不安になってしまった、と言っていました。
無理もありません。

オーバーですが地の果てまで来てしまったような感じに思ったそうです。(三田の人ゴメンナサイ)

そのときに二人でウォークマンのイヤホーンをつないで聞いていて、流れていたのがこの曲でした。

少しセンチですが、この曲を聴くとそのときのことや情景、三田の田んぼの風景が今でも思い出されます。
でも音楽ってそういう力がありますよね?

三田は今や発展を続け、押しも押されぬベッドタウンでだいぶ風景も変わってきたように思います。

結局この歌は歌わなかったので、またいつ行くことになるかわかりませんが、そのときまでお預けです。
そのときにそのことを覚えていればいいんですが・・・。

実は1月30日は16回目の結婚記念日です。
よく続いてると、自分でも不思議です・
というより、よく愛想をつかされないよね、というのが本当のところです・・。

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先日ネットを見ていたら、女優の南果歩が吉本興業に・・というニュースがありました。

私は何をかくそう、南果歩が結構好きで、というよりかなりかくれファンです。
ちょっと個性的なタイプですが、私自身好きなタイプがはっきりしていて結構ピッタリくるタイプです。

 だから、『えーっ、お笑い芸人になるの?』と一瞬ショックを受けました。

よくよく調べてみたらどうも吉本が主催している、芸能関係の機関の様で今までと活動は変わりないようです。
少しほっとしました。

南果歩といえば、火曜サスペンスの『待ち続けた女』(1996)で主演になっているのを先日スカパーの再放送で見ました。

これはサスペンス系で私が名作ベスト3にしてもいい内容と思っています。
暗い漁師町系の映画仕立てのものが好きなのですが、このドラマは富山県の魚津の港が舞台になっています。

 ベスト3のほかの2つは、
・テレ朝系『京都殺人案内』の『みちのく津軽こぎん刺しの女』(藤田まこと、村野武範ほか、2000年放送)
・テレ朝系『京都地検の女』の『神戸で謎を握る女』(名取裕子、蟹江敬三、山口果林ほか)
です。

もちろん見た当時はこんな題名はわかりませんでしたが、調べた結果わかりました。
作業に飽きたので、くだらないことに時間を使ってしまいました。
でも何か再放送の機会があったら見ていただければm何か感じるものがあると思います。

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演歌・歌謡曲 に参加中!
金曜日に仕事の帰りに吉祥寺の中古レコード店『Rare』に久しぶりに行きました。土曜日も朝イチで高円寺の会計事務所さんに仕事に行き、やはり『Rare』(高円寺店)に行ってしまいました。

安良城紅という人のCDを買いましたが、一緒になんと、美空ひばりの『みだれ髪』を買ってしまいました。美空ひばりのレコードは持っていませんでしたが、歌唱力、迫力、強烈な個性と多分何十年経っても、それを上回る人はなかなかあらわれないくらいの歌手だと思っています。 そしてこの『みだれ髪』の舞台は福島県いわき市です。

実はいわき市は仕事でよく行くのですが、日曜日に日帰りでいわき市に行くことになってたので、目に入ったらつい買ってしまったのです。

歌に出てくる塩屋埼は相当昔に一回行ったきりで最近は仕事に関係のある小名浜以外はほとんど行っていません。

今回も日帰りでしたが小名浜で知り合いの方を何軒か訪ねて帰ってきました。 おいしいお寿司をご馳走になりました。

また今回は買えませんでしたが、地元のスーパーでは地元産の生ラーメンのパックを売っていますが、これが絶品です。しかも安い。一度ご賞味されてみてはと思います。

 そうだ、今日の題は中古レコードでしたっけ。

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