サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

当ブログは2018年3月よりURLが、
http://blog.livedoor.jp/chikao1216/
から
http://burauda.blog.jp/
に変わりました。サブドメインのため旧URLでアクセスしてもリダイレクトしてアクセスできます。
また名前も「サイト運営者日記・ぶらぶらうだうだ」に変わりました。

内容は「時代文化ネット」制作者が運営する日記で特にテーマはありません。
日常のサイト活動などにおいて見聞きした内容や、現在の社会や自身の生活などを通して感じたことなどをそのまま記載する形にこのたびリニューアルしました。
現在の掲載記事は以前の「穴狙い千ちゃん〜」「ちかお日記」に掲載されている記事をそのまま残してあります。
旧記事は「改修前」のカテゴリになっていて、「人気」???と記載があるのは人気があるかどうかは知りませんが、自分でまあまあ気に入っていた記事です。

2012年01月

ブログネタ
動物・植物たちの小話 に参加中!

これはフィクションではありません。
でもたいした話でもありませんが・・

先週の土曜日に立川の車屋さんに車検だった家族の車を取りに行きました。
車自体最近乗らなすぎで故障していたので、ご面倒をかけてしまいました。

当日いつものように上の事務所に行き、お茶をいただきながら社長夫婦と談笑していました。

すると、ふと奥のガラス戸のほうを見ると戸の向こうに小さな影が映っているのが見えました。

なんだ?
どうも鳥のようです。

私たちが来て賑やかに話し出したのでやってきたようです。

社長と奥さんが、
「あれはね、すずめだよ。飼ってるんだ」

え??

すずめを飼っている?

聞いたことない・・

大体人に慣れるのだろうか?

立川すずめ1
ところが、戸を開けるとすずめは、トコトコ歩いてきて皆のほうにやってきました。(写真)

どうやら突然の来訪者がだれかチェックしにきたようです。

聞くと、巣から落ちてぐったりしているすずめの雛を助けてあげて育てたら、社長の家族を親だと思いこんなに慣れてしまったようです。

朝は家から一緒に店まで通勤してくるそうです。
立川すずめ2
もちろん夜もカゴに入ってねているそうです。(写真)

これはびっくり、最近よくやっている動物動画などに投稿しても通用するのではと思いました。

すずめは来訪者が普通の善良そうな女性と少し貧弱な中年男とみるやいなや、私の方をじっと見てしばらく考えていました。

私:「もうしばらくここに居てもいいですか?」

すずめ:「おまえは見た目はあやしいけど、ちまちました感じだから恐るに足らずだな。まあしばらくここに居させてやるよ、ちゅんちゅん」

と私の来訪をこころよく許していただきました。

☆☆☆☆☆

ブログネタ
創作短編物語 に参加中!

私はトイレが近くて困っている男。
そのためか、名前はちかお(chikao)といいます。

私はトイレが近いためにいろいろと職を変わってきました。
というよりトイレが近いために職を変えざるを得なくなったのです。

でも最近やっと天職を見つけました。

以前の話
昔、私は電車の運転士でした。
電車の運転士はトイレが近いと大変です。

あの時も、そう・・大変でした。

ある日私は電車を運転していました。運転士ですから当然ですが。

するとやはり急にいきたくなってきました。
もちろんトイレです。

朝ごはんを食べ過ぎたのかな・・

最初は普通に我慢できるくらいでした。

ところが段々ひどくなってきました。

「うーん、うーーん」
こんな声を出していると本当にやばくなってきました・・

もうじっとしていられないくらいになりました。

「うーん、うーーん」「うーん、うーーん」

そのうち体をよじって我慢するようになりました。

左右の筋肉(どこの??)を締めて、体を左右に動かすと少し楽になりました。

しかし左右だけではなかなかおさまらなくなりました。

そのため上下の筋肉を締めて、体を上下に動かすパターンも始めました。

そうするとかなり楽になりました。

もちろん運転しながらなので、ひじょうに複雑な動きになります。

左右、上下、左右、上下・・・

繰り返すと、ちょうど十字の形に体を動かしながらの運転になりました。

「うーん、うーーん」「うーん、うーーん」

それでもかなり大変です。

「早く終点に着け!」「着け!着け!」
心の中で祈り、そしてついに声に出して叫び始めました。

体を十字に動かしながら、「着け!着け!」と叫びながらの運転です。

運転席の後では、お約束の子供が一人張り付いて運転を見ていました。
お母さんも一緒です。

「ねえママ、あの運転士さんね、踊りながら運転しているよ。あとね大きな声で何か歌いながら運転しているよ。すごいね!」

そうです。
体を十字にまわしながら、「ツケ!ツケ!」

お母さんは、少しギョッとしました。
{もしかしたら、頭が少し・・}
とも思いましたが、本当に踊って歌っているようにも見えます。

「そうね。楽しそうね。あなたも応援してあげなさい!」

{楽しくなんかねえんだよ・・大変なんだよ・・助けてくれー}

「ママ、わかった。僕応援するよ!」

{ひえーっ、こっちは大変なことになっているんだ。ほっておいてくれ〜}
心の中で叫びました。

しかし無情にも子供の応援が始まりました。

ちかおが体を左右に動かす寸前に
「それ、ヨコ!」

上下に動かす寸前に
「タテ!」

子供はなかなか勘が良くて同じリズムで忠実に応援しました。

「ヨコ!タテ!」「ツケ!ツケ!」
「ヨコ!タテ!」「ツケ!ツケ!」

もう脂汗が出そうなくらい我慢していましたが、幸い子供のリズム感がよくてなんとか大丈夫でした。

「うまいわねえ、もっと応援してあげなさい」

「うん」

「ヨコ!タテ!」「ツケ!ツケ!」
「ヨコ!タテ!」「ツケ!ツケ!」

運転席の近くは子供とちかおの大声が響き、ちかおのおどり運転がつづきました。

{よかった、この調子なら我慢できるかもしれない・・}

ところが、やはり子供・・
子供は一回声を間違えてしまいました。

「タテ!ヨコ!」
順番を間違えてしまっていました。

「えっ、え〜っ!」この声にあわせて体と筋肉の動きをコントロールしていたちかおに大きな衝撃が走りました。

「タテ?」
左右の筋肉を締めたのに、体をタテ(上下)に動かしてしまいました。

これはたまりません。限界まで我慢していたので、この体の動きにはもう耐えることができませんでした。

「あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
「ママぁ・・・」
「・・・・・」

現在の職場
そんなこともあり職場を追われたちかおは何と刑事になりました。

もうトイレを我慢して電車を運転しなくてもいいのです。

今日も車で先輩刑事二人と容疑者の張り込みです。
容疑者が家に帰ってきたら家に突入する予定です。

大先輩の刑事が車にもどってきました。
「おう、ご苦労さん。お決まりのを買ってきたぞ」
と言い、私と先輩刑事にそう、お決まりのアンパンと牛乳を渡しました。

「張り込みはこれでないとな。だいたいアンパンを食い終わったあたりでやつが帰ってくるんだよな」
ドラマの見すぎでしょうか・・

三人はそろってアンパンと牛乳で食事をしました。

と、本当に容疑者が帰ってきました。
ちかおはびっくりしました。
{本当かよ・・}

「突入しますか?」
「いや、待て。もう少ししてからだ。やつも警戒しているはずだ」
「でもブツを隠したりしませんかね?」
「大丈夫だ、俺に任せておけ。この道30年の勘が冴えるぞ!」
先輩が二人で話していると、

{うっ、ト・ト・トイレに行きたい〜}
アンパンと牛乳はてきめんでした。我慢できそうもないので
「せ・先輩〜、ト・トイレに行きたいんですぅ」
とちかおは言ってしまいました。

「バカかお前は、こんな時に!我慢しろー!」

先輩は一言で突っぱねました。

これはもう我慢するしかない状態になりました。

もし私がトイレに行ったために、取り逃がしたりしたら・・
記者会見で署長が
「捜査員がトイレに行っている隙に逃げられました。いやー、申し訳ない・・」
と言わなくてはいけなくなってしまいます。

ここはたとえもらしても容疑者かくほが優先だ!
ちかおは腹をくくりました。

と、大先輩が
「よし!行くぞ!お前らも来い!」
と車を降り、ダッシュで容疑者の部屋に突進しました。

ドンドン!
「おい、警察だ、開けろ!」

大家さんから合鍵を借りていたので、返事がないのを確認してすぐ鍵を開け、部屋に突入です。

ドテン、バタン、ドテン、バタン、ドテン、バタン!
大きな物音が響き、
「ギャー!」
容疑者が叫び、
「それ、おい!」
先輩刑事の大声が響きました。

しばらくすると容疑者は大人しくつかまりました。

大先輩は
「おい、ブツを捜せ!」
先輩は
「ハイッ!今捜していますが、まだ見つかりません・・」
「何やってんだ、早く捜せ!」

容疑者は嘯いたように薄笑いを浮かべています。
「俺は何にもしてねえよ、俺が何したっていうんだ」

大先輩は「チッ、早く捜せよ!」
といいながら、ちかおが見当たらないのに気付きました。
「あれ、ちかおはどうした?」

「いえ、知りませんが。どこ行ったんでしょうね?」

「感心している場合じゃねえだろ!おい!ちかおー!どこだー?」

そのとき部屋のどこからか
ジャージャージャー・・
水の流れる音がしました。

そしてドアが開き、そこからちかおが出てきました。
「ふーっ、スッキリした・・」

大先輩は
「お・お前ってやつは・・、何をやっているんだ。あーっ?」

「いえ、ト・トイレに・・」

「そんなのわかってるんだよ!ふざけてんじゃねえよ!」

と、すると容疑者も
「ほ・ほんとに、ふ・ふざけてんじゃねえよ。おれのブツが・・」

なんと容疑者はブツをトイレの便器に隠していたようです。
状況は一変しました。

大先輩は
「な、なにー?、よし!とにかく下水道の捜索だ。これでブツが出るぞ!」
先輩も
「何と。よかった!」

きょとんとしているちかおに大先輩は
「おまえは本当に"うん"のあるやつだな・・」

刑事はちかおの天職でした。

ーお粗末ー

これだけ引っ張って、このオチはないだろ・・

☆☆☆☆☆

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.気になったニュース39 に参加中!
雪20120123−1
いきなり雪になりました。
駅(東小金井)を降りたら写真のようにガンガン降りです。
雪20120123−3
途中の道も雪景色(写真)

明日の朝どうしよう・・・

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どうでもいい話 に参加中!

せっかく大河ドラマ「平清盛」が始まったのでこの言葉を活用させていただきます。

昨日京王の駅弁大会に仕事の合間に行ってきました。

一緒にシステム会社の人にも付き合っていただきましたが、混雑に巻き込んでしまい悪いことをしました。

そして例年通り穴っぽい駅弁を何個か買って来ました。

ただ・・

全然別の次元のことで、きわめて不愉快なことがありました。

大変残念ですが、このままであれば今年を最後に行くのをやめようと思っています。

ひがみっぽくなるのでこれ以上多くは語りません、しょせん他人事ですし、
私が一人行かなくなっても、大勢は微動だにしないと思いますので・・

でも大きなほころびだと思いました。
いつも懸命に努力されてる事業者の方とたくさん会っているので・・

平清盛も怒っています。
今の日本の土台を築かれた大変な功績者ですから・・
「おれをそんなのと一緒にすな・・」
といわれそうです。

買った駅弁はグルメブログで順番に取り上げます。
各業者さんが丹精こめて作ったものなので・・、京王デパートとは関係ないので・・

個人的には旅行や駅弁は40年来のファンなので、続けますがブームは完全にピークを越えて衰退に向かっていることを実感した次第です。

残念ですが・・


また自分も同じ失敗をしないように気をつけたいと思います。
お客さん商売ですから

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創作短編物語 に参加中!

「私は何も知りません。全部部下の仕業です。信頼して任せてましたから」

真実はわかりませんが、とにかく無罪になりました。

親分は早速以前のように活動を開始しました。

手下:「よかったっすねえ」

親分:「そうだな。ここまでくるのは大変だったよ」

手下:「また親分と一緒に仕事が出来るのがうれしいっすよ」

親分:「うれしいことを言ってくれるじゃねえか」

手下:「そんな、本当の気持ちを言ったまでっすよ」

親分:「そうだ、例の件はお前に任せるよ。信頼しているからな」

手下:「・・・・・」

☆☆☆☆☆

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鉄道 に参加中!

これは懐古趣味になるかもしれませんが、単線の鉄道に乗ると無条件に旅情を感じてしまいます。
特に非電化であればなおさらです。

近年に八高線という路線が八王子ー高麗川間だけ電化されましたが、以前は仕事などで中央線に乗って八王子が近付くと途中で架線もない単線のレールが合流してきました。

これが八高線の線路なのですが、ちょっと地方に来たかな?とささやかな旅情を感じることができました。(ちなみに八高線はいまだ単線です)

立川で働いていた時はたまに車が確保できなかった時に小宮という八王子のお客さんのところに行くのに八高線を利用しました。
まだディーゼル列車でした。そのころは中央線の列車(高尾以遠の甲府方面行)も立川発着だった時なので、八王子までは列車に乗り、そこから八高線のディーゼルに乗ることもありちょっとした旅行気分でした。

首都圏の鉄道はほとんどの路線で電化は完了していますが、複線化は意外に進んでいないのが現状です。
複線化は用地買収や送電設備の問題もあり簡単に進まないようです。

また旅客ニーズも大幅に変化しているわけではないので、本数を大幅に増やす必要性自体がなくなっている部分もあるのではと思います。

私の住んでいる近くの話をすれば西武多摩川線もいまだに単線です。
12分ごとのダイヤになっていますが、駅間距離に大きな差がないため交換が容易であるので大きな不便は感じません。

また西武では国分寺や東村山、小平付近に沢山小さな支線がありますが大半はまだ単線です。(国分寺ー恋ヶ窪間は複線)
今後複線化が必要になる状況も考えにくく、用地買収も難しそうなので当分は単線のままであると思われます。

また意外ですが横須賀線の逗子以遠もいまだに単線でした。
こちらも上手にダイヤをやりくりしているようです。

それから東武亀戸線も単線のようです。
都心から一番近い単線の鉄道かもしれません。

そして意外に知られていないのは青梅線の複線は東青梅まででそれ以遠は単線だということです。
とういのも現在では沿線の人口増加もあり青梅線は青梅まではかなりの本数が運転され、ほとんどは10両の長い編成になっています。
また東京直通も多く、青梅特快という特別快速も頻繁に運転されています。

ところがなぜかいまだに東青梅ー青梅間は単線です。
この区間は市街地を通るため今から用地買収なども難しいのでしょうか。

以前は青梅線の電車は東京直通以外は編成も短く、1時間に1〜2本くらいは奥多摩行の4両の短い電車もありました。
電車も今の中央線と同じ最新式ではなく時代を感じさせる車両でほのかな旅情を感じることができました。
またいまだに完全単線で完全なローカル線に格下げされた感もある五日市線の直通や青梅・五日市の混成編成の電車などもありバラエティーに富んでいました。

あとこれはかなり前の話にもどりますが、横浜線も以前は原町田(現在の町田で数百メートル東神奈川よりでした)ー八王子間も単線でした。
小田急で町田(当時の新原町田)を過ぎ高架で横浜線を跨線橋でまたぐときに単線だったのを記憶しています。
橋本ー八王子間もかなりの時期まで単線だったようです。

たまに仕事で相原駅に行きましたが、山間の小駅という昔ながらの雰囲気で西多摩方面以外の幹線の駅とは思えない雰囲気でした。

ほかにもまだまだ単線の路線はあると思いますが、時代の波もあり周囲の環境は激変しているようです。

関西では福知山線が出雲市方面など長距離の旧型の客車列車が走る完全なローカル線から、線路を付け替えたうえに電化、複線化をして大変身したのが有名な話です。

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日本酒の旅人 に参加中!

知人が社長さんの(株)リアブル・アセット・パートナーズさんが主催する第1回全国地酒祭りに知り合いと年末に行ってきました。

※参考 日本橋地酒サイト
日本橋地酒祭り2011−1
写真はその時のものです。
場所は日本橋三越前の福島ビルです。ちょうど島根県のアンテナショップ「島根館」の2階になります。
日本橋地酒祭り2011−3
会場は夕方早くでしたがそこそこの人が集まっていました。
日本橋地酒祭り2011−2
お目当ての日本酒も数多くありました。
チケットを買って、
今西清兵衛商店(奈良県)の「春鹿」(写真)という酒と、簸上清酒(島根県)の「七冠馬」という酒と、一本義久保本店(福井県)のお酒を飲みました。
日本橋地酒祭り2011−5
日本橋地酒祭り2011−6
特に「春鹿」と「七冠馬」は個人的な好みで美味しくいただけました。

面白いのは「七冠馬」は純吟のほうは「一番人気」という銘柄でどちらも写真のように競馬の写真のラベルになっています。
店の人に聞くとどうやらモデルはあの皇帝「シンボリルドルフ」だそうです。
これで納得・・・

またホテルオークラ元総料理長 牧野シェフの料理したおつまみの販売コーナーもあり、シェフが特に得意としている「テリーヌ」を買いました。(写真)
美味しかったです。
日本橋地酒祭り2011−4
会場は同時に東北地方を中心とした物産展も行っていて、私は写真のように南三陸町のわかめと漬物を買いました。
日本橋地酒祭り2011−7
日本橋地酒祭り2011−8
少し酔いがまわったところで、場所を変えようと知人と神田駅方面に向かい、有名なそば屋さん「砂場」に行きました。
私は初めてなので知人がすべて注文をしました。

熱燗と玉子焼、そして〆にもりそばを注文しました。
これが流儀なのだそうです。
神田砂場玉子焼
神田砂場そば
普段はB級グルメばかりなのですが、今日は本格的なそばを美味しくいただきました。

さてこれで帰ろうか、とはならず、近くで働いている知人を呼び出し、神田駅前の「一軒目酒場」に。
すでに三軒目ですが・・。

そこでまた三人でしこたま飲んで、

あとはいつもの通り・・・


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創作短編物語 に参加中!

みなさんもよく経験があるかもしれませんが、個人的に思っている不思議なことがあります。

よく仕事中に一時期に電話や訪問が集中してしまうということです。

今は一人で仕事をしているので、だれも代わってくれないのですが、以前会社にいたときも全く同様の経験がありました。

逆に1時間も2時間も電話一本なく、だれも訪問者がないときもあるのですが、一本電話が入ると、立て続けに電話や訪問が入ります。

ある日の午後の出来事・・・
これは家で作業をしていた時のことですが、こんなことがおこるかもしれません。

たとえばAさんから携帯に電話が入ります。

Aさんと話していると、なぜか急にBさんからもキャッチホンに電話が入ります。

なんとか折り返しにしてBさんの電話に出ます。

すると今度はいきなり玄関のベルがなり宅急便がきます。

そうなるとかなり大あわてです。パニックります。

やっと宅急便の用を済まして、Bさんの電話に戻ります。

ところが何の話か一部忘れてしまっています。
「あれ、何でしたっけ?」などとは言えないので生返事が多くなります。

するとBさんは当然不機嫌になります。

すると今度はさっき電話を置いたAさんからキャッチが入ります。

このあたりで私は完全に茫然自失状態に陥ります。
「ちょっ・ちょっ・ちょっ・ちょっと・・・」などと噛み噛みで意味不明な叫び声ともつかない雄叫びをあげてAさんのキャッチに出ようとします。

ところがBさんはもう怒っているので、
「おい、ちょっと待てよ!」
という感じでなかなか電話を置いてくれません。

私はもう動揺を飛び越えて、脂汗タラタラ状態になります。

「いやいやいやいやいや・・・・そそそそんなことは、めっそうももももああありません」
という状態です。

そうこうしているとAさんからのキャッチは切れてしまいます。

「ふうーっ」「ふうーっ」「ふうーっ」
もう聞かれていても関係なしに大きなため息をついてしまいます。

Bさんの怒りも頂点に達し、結局ガチャ切りされてしまいます。

「はあーッ」

でも今度はAさんにかけなくてはいけません。

Aさんにかけるとやはり予想通り怒っています。

もう謝るしかありません。
「ごめごめごめごめごめんなさい〜〜」

もう泣きそうです。

そこへ、
また玄関のチャイムが・・

「ちわー、郵便局です。書留でーす」

いつもは温厚な郵便局の人の声も今は悪魔の声に聞こえます
「は・は・は・は・は・はいーーー・・・」
印鑑を、といわれますが手がブルブルで印鑑も手につかない状態です。

また話を遮断されたAさんはさらに激高します。

すると今度は家の固定電話のベルがなります。
’リーンリーンリーン’

もうどうにでもなれ!
と無視しますが、ベルはなかなか切れません。

’リーンリーンリーン’’リーンリーンリーン’’リーンリーンリーン’
もう20回くらいなっています。

Aさんの怒りも限界に達し、電話をガチャ切りされます。

「フーーッ」

やっと落ち着きました。というよりすべてが終わってしまったという感じです。

’リーンリーンリーン’
そこへもう一回固定電話がなります。

もう大丈夫なので今度は電話に出ます。

「あんたっ!さっき何で出ないのよ!!帰ったら百叩きだからね
妻からでした・・・。

「いや、あの、いや、あの、いや、あの・・・」
「ガチャン!」

ここから本当の恐怖が始まります・・・

☆☆☆☆☆

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天文学 自然科学 に参加中!

昨冬に続き、今冬も夏の暑さとはうらはらに本格的な積雪が12月からはじまっています。

トータルでは地球は温暖化に向かっているようですが、局地的には猛烈な寒さや、大雪に見舞われているというのが今の現象のようです。

それでは今までの積雪記録というのはどれくらいのものなのかと考えてみました。

日本では雪が一番積もる地域というのは決まっていて、たとえば青森県と秋田県境の山地、新潟県の中越から上越にかけての山地と長野県北部の地域、岐阜県と富山県福井県の山岳地帯、山陰では鳥取県の大山などのようです。

そのほかにも北海道の旧国鉄深名線沿線や会津地方の山地地域なども豪雪地帯といわれています。

私は雪国の育ちではありませんが、両親は石川県で育ったので雪の話をよく聞かされました。
昔は本当の大雪になると二階から出入りしたというような、本当?と思うようなことが何度もあったそうです。

学校の体育の授業も雪があってできないので、スキーが授業だったと言っていました。

さて上記のようなことから日本における積雪の記録というのはいったいどこでどれくらい積もったのでしょうか?

調べてみるとほとんどはJR飯山線や信越線(長野ー直江津間)の沿線部で記録されているようです。
森宮野原や戸狩、津南町、上越市高田などが歴代の積雪記録の上位の多くを占めています。

それでは1位(最高記録)はどこなのか?

これが全く意外ですが、なんと滋賀県の伊吹山だそうです。

これは気象に興味のある人はたいてい知られている有名な記録なのですが、1927年2月14日に記録された11メートル82センチというとてつもない記録が残っているそうです。

公式な記録としてはこれが世界でも最高記録だそうで、ギネスブックものだそうです。

しかし中部山岳地帯など観測が難しい地域もあり、たとえば立山黒部アルペンルートや乗鞍スカイラインなどが春に全通すると大きな雪の壁が出来るそうでその高さは10メートルを越えるそうです。

またこれもスキーをする人には有名な話ですが、福島県の会津地方と新潟県の県境の山地に奥只見丸山スキー場というところがありここは一般的なスキーシーズンはあまりに雪が深く現地にたどりつけないため閉鎖されてしまいます。
そして雪がかなり少なくなる春になると開業します。

また山形県の月山なども全く同様のようです。

毎年10メートルくらい積もっている地域や地点は実は観測ができないくらいの地域ではほかにもあるかもしれませんね。

それにしても伊吹山で11メートルというのは驚きです。
11メートルというとほぼ2階建ての家が埋まってしまうくらいの積雪です。

伊吹山は岐阜県と滋賀県の県境で、東海道新幹線からもその全容を眺められる有名な山です。
標高は1300メートルくらいですが、昔は関西や中京地区から手軽に行けるスキー場としてもならしていました。

でもスキー場もここのところのスキー人口減少も重なり閉鎖の声が出ているようです。

いずれにしてもすごい記録ですが、いい加減な記憶ですが、近年の異常気象の中の豪雪の年にこの記録が破られたというようなニュースを聞いたことがあるような気がしましたが・・・

気のせいかもしれません。
ご存知の方がいたら教えてほしいものです。

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創作短編物語 に参加中!

動物には我々人間から見たらきわめて不思議に見える部分があります。
たとえば・・

蛇(へび)
蛇は足がありません、もちろん手もありません。
ところが蛇は上手に、しかもかなりのスピードで動き回ることができます。

蛇は私たち人間にたとえると手足を縛られたような状態で自由に動き、泳ぎ、人間ではとても難しいような壁面や急斜面でも這い上がることもできます。

いったいどうやって動き回っているのでしょうか?

どこからあのエネルギーが生まれ、どのように伝え、そしてどこの部分で壁に張り付いているのでしょうか?

おなかに接着剤でも塗っているのでしょうか?
いやいや吸盤があるのでしょうか?

考えてみるとその能力はほかの動物に比べても図抜けているように思えます。

私はためしに蛇のように手足を縛って動き回れるかどうか道端で試してみました。

「ズズズズズーッ」「ズズーッ」
なかなか動けません。

さらに5メートルくらい先に皿にご飯を置いて、そこまで行って食べられるかどうか試してみます。

「ズズズズズーッ」「ズズーッ」
「ズーッ」「ズーッ」

やっとご飯の近くまでたどり着きました。

「バクッバクッ」
ご飯にかぶりつこうとします。

なかなかうまく食べられません。
口の周りがご飯粒だらけになります。

そんなこんなで懸命に格闘していると、通りを若い親子連れが通りかかりました。

娘が「ねえママ、このおじちゃん何しているの?」
母親は「ほら、だめよ。このおじちゃんは頭がおかしいんだから、近付いちゃだめよ!!」


馬には尻尾があります。
もちろんほかの多くの動物にも尻尾があります。

たとえば猫や犬、きつねなどは尻尾は体の一部であり、骨で体と尻尾はつながっているように見えます。
ですから自由に尻尾を振ったり、動かしたりするのは当然に思えます。

ところが馬は違います。

馬の尻尾は毛です。

尻尾の根元には骨のような部分があるように見え、そこは動かすことができそうですが、毛である尻尾の大部分はなぜあんなに自由に動かせるのか?

これもかなり不思議です。

人間にも尾てい骨という、昔尻尾だった部分の名残の骨があります。

また人間にも髪の毛などの毛が生えているので、体の一部分として毛があるのも感覚的には十分納得できます。

しかし馬の尻尾は自由に動きます。

不思議です。

人間の場合は「髪を振り乱し・・」などという状態は、顔や頭を大きく振ることによって髪を動かしている状態です。

たとえば、もし人間の髪の毛が自由に動かせたら・・

顔や頭を全く微動だにせずに、髪の毛だけが「ユッサ、ユッサ」と動いたり、「フワーッ」と上に上がったりしたら・・

その場面を想像するとほとんど妖怪です。

馬は尻尾を動かすことで感情を表現することが出来るそうです。

人間もそれが出来たら・・

会社で上司が
「こら、また出来ないのか?どうするんだ?え?辞表を書くか?、おい!何とか言えよ!!」

私の心の怒りは心頭に達し、
「ユッサ、ユッサ」「ユッサ、ユッサ」「フワーッ」・・・

☆☆☆☆☆

ブログネタ
起業してます に参加中!

私は何事においてもそうですが、ひじょうにといっていいいほどあまのじゃくです。
みんながやっているとか聞くと、それだけでやりたくなくなるタイプです。

すべてのことがそれで正解ということでもなく、逆に不正解ということでもないので本当は臨機応変に対応したほうがいいと思うのですが、なかなかできません。

でもその場では何が正解か答えは出ていないのですから、徹底してそうしていればある程度は正解なのかもしれません。

臨機応変に対応したつもりでもすべて裏目に出れば全部不正解になるかもしれません。

しかしそういう行動の動機付けは正解かどうかより趣向の問題が大きいので、一度白紙に戻して生き方の基本方針から考え直してみてもいいかもしれません。

ところで先日消費税の上げに反対で民主党を離党した人たちが新党絆とかを発足させるニュースが流れました。
消費税を上げる上げないは私にはどちらが正しいか全くわかりませんが、この動きで一番興味を惹かれたのは、
最初に一人が離党して、翌日ぐらいにまた一人が離党、そしてすぐ後に大挙9人が離党したとニュースでやっていたことです。

よく宴会でドーンと大皿で美味しそうな料理が出てくると、最初はほとんど皆箸を出しません。
ところが一人が箸を出すと、もう一人、そしてその後はいっせいに箸を出します。

例えは悪いですが、昔小説にもありましたが、ある種の犯罪が起きるとまったく同種の犯罪が連続して起きるのをよく見かけます。

これらの例は善悪はともかく如実に人の行動の心理をとらえていると感じます。

あとから離党したり箸を出す人と、最初に行動する人とはどちらがリスクやリターンが大きいのか?

これは人生においてもきわめて重要な問題です。

サラリーマンの時はあまり気付きませんでしたが、人生はそのような選択、判断、行動の果てしない連続であることに気付いたからです。
というより動物も含めすべての行動は生きていくための何かしらの動機付けが必要で、それ自体が人間の場合はその人の人生を形づくるすべてといっても過言でないのではと思うからです。

もちろんサラリーマンの時もそうだったのですが、あまり実感できなかっただけということでしょうか。
後で思い起こしてみれば、今となんら変わらない状況の連続だったことに気付きました。

シンプルに考えると最初に箸を出す人は、この事例で言えば当然リターンは大きくもリスクは小さいのですが、ほかのこともすべてそのように行動するとリスクばかりが大きい事例も当然あるわけでトータルではハイリスク・ハイリターンというふうにいえるのではと思います。
後から一斉の人は逆であるのかもしれません。

しかし後から一斉の人がリスクが小さい人生とは限らないのは、一つ一つの事例でいえばローリスクになっても、人生全体を考えると、いつも後手に回る、先駆者になる可能性を自分で排除しているということにもなり、考えようによっては後で一斉の人のほうがリスクが大きな人生であるという可能性も出てきます。

例えが的確かどうかわかりませんが、5,20の法則というのがあり、
たとえば相続税を払う対象の人は5%であるとか、
事業で成功する人は一般的にならすと全体の5%で、上位20%の人が全体の80%の富を握るというような話もあります。

つまり上位のわずかな人たちが富の大部分を支配するという現実を考えれば、人の歩かない道を歩けない人よりは、道がなくても平気で単独で進んでいける人のほうがはるかに成功率は高くなるということなのかもしれません。

最悪なのは、私はあまのじゃくなのですが、気が小さいので初めてのことで突っ込む勇気に欠けています。

だからみんながやっているとやりたくなくなり、みんがやっていなくてもやりたくないタイプということです。

「じゃあ、いつやるんだよ」

「それはね、みんながやっていることをみんながやらなくなった時にやるんだよ」

とでもいっておきましょうか。

やっぱり考え直したほうがいいみたいと思いました・・・

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昔、学生時代に長野県などで民話の調査をしていましたが、地元に伝わる話で一番多く聞くことが出来たのは、「きつねに化かされた話」でした。

大雑把にいえば、たぬきも人を化かすようで、地元では昔から「山に行くときつねやたぬきに化かされるから気をつけろ」というような戒めがあるようでした。

でも具体的な話になるとなぜか山で人を化かすのはいつもきつねで、そういう話ばかりでした。

山は一人で行くと道に迷ったり、さまざまな危険があるから気をつけろということなのでしょうが、その題材はいつも彼らが悪役になるという設定でした。

それはおそらくまず昔はきつねやたぬきはひじょうに身近な動物で農作物を荒らしたりするほか、いろいろな習性にあるのでしょうが、大きな理由として考えられるのはその風貌にもあるのでは、と思っています。

もっと具体的にいえば、人間にも風貌がきつねやたぬきを連想させる人が数多く見られます。
それが長い歴史の中で、きつね顔の人は狡猾でずる賢く、たぬき顔の人は感情を表に出さないおとぼけタイプというイメージがこびりついているのではと思います。

私も仕事柄数多くの人と接しますが、そのようなイメージで先入観をもってしまうことも多々あります。

実際にはそうでないことも多いわけですが、意外にこのような昔からの言い伝えなどは馬鹿にできないことも多いのではとも思っています。

やはり長年の気の遠くなるような経験則の中で一般的な傾向というのは定着していくわけで、あながち間違っていないのかもしれません。

これはたとえ話ですが、現在の人間社会においてもこんなことがあるかもしれません・・

きつね顔の男の話

これは昔、昔・・・ではなく、現代、現代の話です・・

ある日私は仕事で不都合が生じて、取引先のA社という会社にクレームをつけました。
そして相手の会社A社の担当者と面談することになりました。

応接間に通されて待っていると・・

応接間に担当者が入ってきました。

顔は何となくですが「きつね」っぽい顔つきです。

担当者:「いやー、このたびは申し訳ありません」

私:「それじゃ困るんだよ、どうにかしてくれよ」

担当者:「それではこんな案でどうでしょうか?」

きつね顔の担当者は「ニヤッ」と笑いました。

ちょうどきつねが人を化かして、得意げになった表情に似ているように感じました。

{こいつ、おれを化かそうとしているな・・}

私:「お・おれは騙されねえぞ!、お前のようなきつねみたいなやつにはな・・」
と思わず言ってしまいました。

担当者は私のあまりに乱暴な予期しない反応にびっくりしました。

「いや、え・え・え・えー、そんな・・・・・こと言わないでくださいよ」と言うと、うろたえたせいか咳き込んでしまいました。
「コンッ、コンッ、コンッ!」
ちょうどきつねの声のように・・

それを見た私は、
「そおれ見ろ、やっぱりお前はきつねだな。」

担当者:「何をおっしゃってるんですか。私は誠心誠意申し上げてるんです。信じてください!」

私:「いや、お前はきつねだから信じられねえな。本当は後に尻尾があるんだろ?立ってみろよ」

担当者:「まさか。では見てくださいよ」

担当者はスッと席を立ち後を向きました。
そこにはズボンがあるばかりで、尻尾のようなものはありませんでした。
ただ、しばらく座っていたので、すこしズボンが空気でふくれていました。
ちょうど尻尾を隠しているように・・

私:「ほら、やっぱりそのふくらみは尻尾隠しているんだろ?白状しろ、このきつね野郎!」

担当者:「いいえ、けっしてそんなことはありません。私はきつねなんかじゃありません。それだったらズボンも脱ぎますから・・」

というと担当者はズボンも脱いでしまいました。

するとそこには立派な尻尾が・・・
なんてことはなく、擦り切れかかったパンツしかありませんでした。

担当者はすでに顔を紅潮させていました。

{まずい・・。きつねじゃなかった、どうしよう・・。でも本当は尻尾があるはずなのに・・}

私は本来文句を言いに来たのに、逆にどうしようもない状況に追い込まれてしまいました。

「いやあ、そうだね。尻尾はないね・・」

私はそそくさと逃げるように退散しました。

会社に帰ると、早速上司に呼ばれました。
上司:「今な、A社から連絡があってな。わかるだろ?何で呼ばれたか」

私:「いや、いえ、あの・・はい。何でこんなことになってしまったんでしょうか。やっぱり私が悪いんですよね?」

上司:「そうだな。おおかたきつねにでも化かされたんだろうよ!」

うーん、やられた・・

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新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

昭和時代の鉄道全盛期時に大活躍した急行列車の変り種やつわものを思い出してみました。
参考は昭和48年時刻表です。キロは営業距離です。
私見ですが5列車ほど順番にとりあげてみたいと思います。
盛り上がらないままついに第1位です。

大社号
栄光?の第1位は急行大社号です。

この列車は意味不明、複雑怪奇、何のために?どのような経緯で運行が始まったのかきわめて理解に苦しむ列車です。
それくらい変り種で、ほかに類似したパターンの列車は昔も今も存在しないと私は思っています。
また一部編成は途中山間部のスイッチバック等ではないのに三回も方向転換するというところも変り種のひとつです。

とにかく国鉄、JR史上まれに見る異色列車であったと思っています。

運行は名古屋・金沢〜出雲市(下りは大社まで)
運行内容を下り列車で説明すると、
列車は全9両編成ですが、1〜5号車は金沢始発、6〜9号車は名古屋始発です。
車両は当時のキハ58などの一般急行型の気動車です。(形式は明確にわかりません・・)

・金沢発
朝の9時20分に金沢を列車は出発します。北陸本線を走り、敦賀に11時11分着、ここで名古屋発の列車と合流、併結されます。

・名古屋発
金沢発より一足早く、9時10分に出発します。東海道線で米原に10時19分に到着、ここで第1回目の方向転換をします。
10時25分に発車して北陸本線で敦賀に。金沢発より先の11時02分に到着して金沢発の編成を待ちます。

・敦賀から併結
名古屋からの編成はここで第二回目の方向転換になります。
敦賀から併結され9両の長い編成になった大社号は11時28分に敦賀を発車します。
ここからは小浜線に入ります。そして東舞鶴から舞鶴線で一駅の13時09分に西舞鶴に到着します。

西舞鶴からは宮津線に入ります。そして15時18分に豊岡着です。
ここでまた再度名古屋編成は第三回目、金沢編成は第一回目の方向転換をします。
豊岡を15時18分発で、ここからは一路出雲地方を目指し、山陰本線に入ります。

・途中で編成をスリムに
列車は山陰本線をひた走り16時54分に鳥取に到着します。
するとここで金沢からの編成のうち1・2号車を切り離してしまいます。

7両編成になって出発して18時32分に米子着です。
ここでさらに金沢からの残りの編成3・4・5号車も切り離してしまいます。
ということは金沢方面から乗車して米子以遠に行く人はここで名古屋からの編成に乗り換えなければならなくなります。

そういうお客さんがいたらの話ですが・・

そして5両編成になった大社号は19時41分に出雲市に到着します。
ここで急行列車としての運行は終わりになり、普通列車として大社線に入り119時56分に終点の大社に到着します。
名古屋から延々10時間46分の旅がここで終わります。

上りも全く同様ですが、始発は大社ではなく出雲市になっています。

なぜこんな列車が、誰が乗るの?
ここが一番不可解なのですが、思うに昔は成田さんとか、創価学会の富士宮詣とか大きな神社、仏閣、宗教団体などは全国に信者が散らばっているのでそのような人たちの参詣用に始まった列車なのではと想像します。
成田さんなどは今でもそのような列車が臨時ですが多数運転されています。

たとえばなぜ宮津線なのか?というのも、この間ツアーで山陰を回ったときに丹後地方は出雲地方の文化が広く浸透していて家のつくりなどでもその名残が残っているとガイドさんが説明していました。
つまり信者が比較的多い地域を通るためにわざわざ遠回りしてでも運行するというかんじなのかも知れません。

またこの付近は天橋立など著名な観光地もあり、金沢や名古屋からだとこのダイヤであれば観光列者としても使えたのではと思います。

あとは地域都市間の輸送列車としての役割も担っていたのでは思います。
ひとつの運用で金沢ー敦賀、名古屋ー米原〜敦賀。敦賀ー小浜・舞鶴、豊岡ー鳥取ー米子ー松江ー出雲などです。
長距離運転なので相当な数の都市間輸送に対応できるのではと思います。

そして下りは出雲市から大社までの大社線の通勤通学用帰宅用の普通列車としても機能します。

参詣列車としての当初の目的があるとすれば、少なくとも往路にあたる下りは大社まで行かないと意味がなくなるので下りのみ大社行きというのもうなずけます。

逆に上りは出雲始発で、大社発ではありませんが、これは運行距離が長く朝に出発しなければならず、朝イチで大社からの帰りの参詣客が乗車するニーズはほとんど無いと想像できるのでこれも納得できる話です。

大社線はすでに廃止になりました。前述のツアーで出雲大社にも行きましたが、大社に到着寸前に廃止になった大社駅の堂々たる駅舎をバスの車窓から眺めることができました。
国の重要文化財になっているそうです。

大社号という名前でありながら上りは大社からではなく出雲市発というこの変り種列車ですが出雲大社自体日本の神社の代表格であり、出雲市発着というだけでも十分大社号と名乗ってもいいくらいなのかもしれませんね。

結局主体になっていた名古屋編成は昭和57年に廃止されてしまいました。

その後は金沢編成も含め、一部区間だけ別列車に分割されてしまいましたが、全国的な急行列車の衰退や小浜線電化の流れで派生的に残っていた部分も廃止されてしまいました。

こんな列車が今も存在したら結構楽しいですし、それが逆に目玉になって人が集まるかもしれないと、私はそんなふうに思います。

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