サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

当ブログは2018年3月よりURLが、
http://blog.livedoor.jp/chikao1216/
から
http://burauda.blog.jp/
に変わりました。サブドメインのため旧URLでアクセスしてもリダイレクトしてアクセスできます。
また名前も「サイト運営者日記・ぶらぶらうだうだ」に変わりました。

内容は「時代文化ネット」制作者が運営する日記で特にテーマはありません。
日常のサイト活動などにおいて見聞きした内容や、現在の社会や自身の生活などを通して感じたことなどをそのまま記載する形にこのたびリニューアルしました。
現在の掲載記事は以前の「穴狙い千ちゃん〜」「ちかお日記」に掲載されている記事をそのまま残してあります。
旧記事は「改修前」のカテゴリになっていて、「人気」???と記載があるのは人気があるかどうかは知りませんが、自分でまあまあ気に入っていた記事です。

2011年11月

ブログネタ
金融情報あれこれ に参加中!
「ミラクルエイト」という言葉が以前一部の業界の人たちの間で使われていました。
昔右肩上がりの経済成長が続いている時代に、債券運用などに携わる人たちの間では、表題の「ミラクルエイト」という言葉がありました。これは運用における一種の格言で、「長期債(10年ものの国債)の実勢金利(マーケットでの債券の流通利回り)が8%に近付いたら目をつむって買っておけ」というような内容でした。

債券は株式と違い資金を調達した発行体が期間がきたら、出資者に元本を返済しなくてはいけません。もちろん期間中は約束した金利を支払うことも必要です。
つまり簡単に言えば、銀行の預金などとほとんど同じ構造になっています。
 原則的には新規に発行したときに購入して、償還(いわゆる満期)に元本を受け取るという形式で保有するものですが、日本国債など保有者が多く、信用力も高く、流通が可能なものは途中の期間でも売買が可能になっています。
売買価格は当然その時の売りたい人、買いたい人の値段の折り合いがつく価格になります。この辺は株式と同じような相場ということになります。
ただ株と違うのは発行体がつぶれない限り、途中でもらえる金利や最後に受け取れる金額がすでに決まっているので、その合計に対して今、いくらの値段であれば売りたいか、買いたいかの折り合いということになります。

 たとえば100円で発行して、1年間に3%の金利を払い、10年後に100円で償還(満期)になる国債だと、

・あと5年後に償還、本来100円のものがその時は110円で流通していると、途中で買った人は、110円で年間3円の金利を5年間もらい、5年後に100円を受け取ることができます。

その場合、最初の元本の110円に対し、5年間で金利15円と償還の100円を足した合計115円のお金を手にすることが出来るという勘定になります。

とすると、110円が5年間で115円になるということで、1年あたり1円ずつプラスになるということになります。
そこから1年あたりの金利換算成果は110円、で1円で、利回り約0.9%ということになります。

 また同じ条件のものが90円で購入できたとすると、その場合、最初の元本の90円に対し、5年間で金利15円と償還の100円を足した合計115円のお金を手にすることが出来るという勘定になります。
とすると、90円が5年間で115円になるということで、1年あたり5円ずつプラスになるということになります。
そこから1年あたりの金利換算成果は90円、で5円で、利回り約5.5%ということになります。

つまり最初に発行したときは市場の金利が3%だったのが、5年後に前者は1%になって、後者は5.5%に成ったということになるわけです。
 ※途中購入なのでこの場合は5年間の金利になるのですが、話が複雑になるので大雑把な話になるのでご了承ください。

このことから債券が高くなる状態というのは金利が下がっていくということになり、逆に債券が価格が安くなるということは金利が上昇していくというこになるわけです。

ひじょうに前置きが長くなりましたが、このことを踏まえると、金利が8%近くまで上昇するという状態は金利が大きく上がった状態ということがいえると思います。

つまり種々の原因で債券価格が大幅に下落したということです。 このような局面では債券はひじょうに安価で購入することが可能になり、まずは保有しているだけで大きな成果が得られることが確定できます。
というのは株式と違い決まった金利をもらい、しかも何年か後に約束された償還金が保障されているからです。
でもそのような状況なら金利が高い状況なので、銀行などで預金しても同じような効果が得られるはずで、債券を買うことの独自の効果は期待できません。

しかし債券は前述のように常時流通しているので、例えばその翌年などに大きく金利が下落し始めると本体の流通価格もさきほどの論理で大きく上昇して短期で値上がり益が出る可能性があります。
これが債券を運用する中では、最大の大きな果実といわれていました。 つまり償還まで保有するもよし、場合によっては常に有利な価格で換金することが出来る状態になるわけです。

「ミラクルエイト」というのは日本では長期金利はどんなに上昇しても8%を越える状態はさまざまな要因から考えにくく、8%近辺のときに買っておけば先述のようにきわめて有利な資金運用が可能になるという、格言だったわけです。

これは過去の世界経済が安定していた時の話であったということになります。
そしてこれは先進国の国債など信用力の高いものであれば、原則すべてあてはまる話になっていました。

ところがところが、

ここのところの米国のサブプライムローン問題やヨーロッパの信用不安などで、信用力の高い国債などが、信用力の低下によって大きく売られて、価格が大きく下落する局面が多く見られるようになりました。
この問題はここ最近特に顕著になってきています。

元来債券市場での運用者は、保有者が安定している、直接参加する個人投資家や素人の投資家が少ない、長期で大きな金額を保有しているなどの要因からプロの市場といわれています。
ですので多少はあるにしてもパニック売りや、狼狽売りなどが株に比べて少ないといわれています。
また保有者は権力中枢にも近い、調査・情報力や知識が高いなどの要因から他の経済現象にさきがけて価格変動が起こるケースさえあるといわれています。
つまり一般の人たちが既成事実として表面化して把握する前に、資金の移動がはじめる可能性が高いというふうに考えています。

今「ミラクルエイト」の神話はくずれ、イタリア、フランスなど主要先進国の国債の価格が下落をはじめています。
このさきの世界情勢に大きな波乱が起こる可能性というのも現実的になってきていると、警戒しておく必要が出てきたと感じています。

今回さかんにニュースで欧州の一部の国債の利回りが7%超え?というニュースを見ていて、「ミラクルエイト」の話を思い出して取り上げてしまいました。

ところが現実はもっと深刻な局面に入ったと感じています。

たとえば、今資金運用をしている場合、(証券投資の場合ですが)

・為替を分散する
(為替は相対評価なので日本の円が世界で独歩高が続かなければ多少和らげることができますーといいつつも独歩高状態に近いですが・・)
・資源のある大国(米国、中国など)や明らかに他の国より将来的に発展しそうな国(????)などにも分散する
・債券も発行体を分ける・相場が下落すると利益があがる商品も一部運用に組み込む
(現代は運用技術の進歩でそのような金融商品はたくさんあります)
・株式などでは銘柄を分散する
(円高、円安でそれぞれ利益が出る会社に分けるのも一法です)

などまったく個人的な見解ですが、上記のようなポートフォリオの見直しを検討されてもよいのでは、と思っています。

今までの経緯でもことが起こってから、身動きをしようとしてもなかなか判断もつかず、タイミングもはかりづらくなります。

株式なども、ここまで世界や国内が騒然となると、本当に必要な物資や技術(水、食料、資源、エネルギー、医療、介護、輸送など)やセキュリティー、防犯、防災などこれからの時代を反映するようなことに関係した会社の株などは逆に一時的に下がっても、見直されるときがくるかもしれないと感じています。

こうなると一番もろいのはサービス業なのかもしれませんね・・

つぶしが利かないっていうのは、こういうことなのだと、つくづく感じています。

サービス業の男よりの戯言

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創作短編物語 に参加中!

私はしがない営業マン。

はるか前の話ですが、会社の後輩でT君という人がいました。

彼は気はやさしくて力持ち、かどうかはわかりませんが、いつも穏やかでおとなしい人でした。

でも体は大きくて身長は180数センチもあり、がっちりした体にくわえ、精悍なというより、大変ごつい顔つきをしていました。

ちょうどプロレスラーの体で顔が悪役商会みたいな感じでした。

最初の頃、彼の人間性がわかるまでは我々先輩も少し遠慮して接していました。

「ほらT!ちゃんとやれよ。お前ぶっ飛ばすぞ!」
なんて言ったら、

「ほう〜、やってみろよ。え?どうやってぶっ飛ばすんだよ、先輩よ、こうやるのか?」

「バキ、バキ、ボキ・・」
「ぐわぁ〜!」

なんてことになったら大変なので・・

でも彼はまったくそんな心配はない人で、何があっても、いつもおとなしく、穏やかでした。
またどちらかというと気弱なところもありました。

ある日・・
彼と一緒に車で営業に出ることになりました。

もちろん後輩である彼が運転手です。

そして出発してしばらくしたところで事は起こりました。

私たちの車が他の車とあやうく接触しそうになってしまったのです。

「危ねえなぁ」
車の中で相手には聞こえないので、私は舌打ちをしながら言いました。

もちろん相手もそう思ったのでしょう。
中には二人組みの男が乗っていました。

よく見るとかなり柄の悪そうな兄さんたちでした。

「まずい」

変なやつとかかわりになっちゃった。
そう思いました。

案の定、一人が車を降りてきました。

「おい!○※▲△×○◎△・・・・・!!」

何か大声で叫んでこっちに来ます。

「やばい・・どうしよう」

めんどくさいことになりそうです。
もしかしたら一発殴られるかもしれない・・

そう思うとけっこうびびってきました。

「ああ?○※▲△×○◎△◇◎○・・・・・!!」
彼はまだ大声で何か叫んでいます。

多分『どうしくれるんだ、この野郎、降りてこいや。ぶっ飛ばしてやる!』
とでも言っているのでしょう。

彼は私たちの車のすぐ近くまできました。
見るからに悪そうな感じで、肩をいからせています。

私のほうを睨みつけています。

そしてふと、となりの運転席にいる後輩のTのこともちらっと見ました。
方向が悪くて、Tのことはよく見えなかったようです。

すると彼は今度はポケットに手を突っ込みました。

『そうか、私は弱そうだけど、Tは見た目はかなりでかくて強そうなので、さらに威圧しているんだな』
と思いました。

『絶体絶命だ・・』

ところが、彼は急に
「あれ?」
と言いました。

「あった」

そしてなんと手を突っ込んだポケットから小銭入れを出しました。
そしていきなり近くの自動販売機でジュースを買いました。

『なんだ?』

そして缶ジュースを買うとそそくさと車に戻り、そして出発してしまいました。

おお、危なかった・・。

それにしてもTの見た目の威力は絶大でした。

天井につく位の高い座高で、こわもてで・・

今日ばかりはTに感謝しました。

「おいT、ありがとうお前のおかげで助かったよ。一時はどうなるかと思ったよ」

Tはしばらく前を見て黙っていましたが、やがて
「いやあ、僕も怖くて、怖くてちびりそうでしたよ・・、ほらこんなに顔が引きつって硬直してしまいましたよ」
と言いながら、やっとこちらを振り向きました。

そのときやっと、彼らが逃げるように退散した理由がわかりました。

そこにはこの世のものとは思えないぐらいの、巨大で恐ろしい形相で、目の前にある獲物に飛び掛らんと思うような凶暴な表情をした男の顔がありました・・

☆☆☆☆☆

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好きなB級グルメと言えば? に参加中!

B級グルメの祭典、B1グランプリが開かれました。

最近はご当地の焼きそばというのが本当に流行っています。
今年も岡山のひるぜん焼きそばが優勝しました。
(開催地の姫路に近いというのもあるのかもしれませんが・・)

考えてみたら、今年台風の中を旅行に行き、最初に当地で立ち寄ったのが「蒜山高原」でした。
ところが焼きそばソースは買わずにそばを買ってしまったのを少し後悔しています。

ところで最も身近なB級グルメといえば、日本人に昔から生活に密着していて、手軽に食べられ、親しまれているそばやうどんではないでしょうか。

関東の人はうどん・そば、どっちが好き?
と聞かれれば、多くの人がそばと答えるのではと思います。
実際私もそばのほうが好きです。

逆に本場の四国や関西では多くの人がそばよりうどんが好きなのでは、と思います。

それくらいうどんは関西中心の食べ物であり、四国や関西が本場といわれています。

たしかに讃岐に行った人から土産でもらううどんはとても美味です。

そして関西の人は「うどんでも食いに行くか」と、関東の人が「そばでも食うか」という時同様、日常的に使いますし、今の時代はわかりませんが、昔は大阪で年越しそば以外でそばを食べたというより、そばを茹でたのを見た記憶はまったくありませんでした。

さらに言えば、名古屋(これもある意味関西に含めて考えていいとすれば・・)でも味噌煮込みうどんという強力な食べ方が存在しています。

しかしどうしてどうして・・、

関東地方以北でもうどんがひじょうに有名な地域はけっこうあります。

もちろん全国的に有名な群馬の水沢うどんや秋田の稲庭うどん、山梨・富士吉田の吉田うどんは皆さんご存知だと思いますが、これらはかなり限定された地域のものです。

私たち関東人にとって、もっと身近でうどん文化が広範囲で浸透している地域があります。

それは栃木県の佐野市や群馬県の館林市、埼玉県の加須市などがある利根川流域の地域です。

加須のうどんは最近のご当地グルメブームでかなり有名になっているようですが、同じような環境である対岸の群馬、栃木県でもうどんは大変親しまれています。

昔証券会社に勤めているとき、それなりの大手のお客様で栃木県の佐野市出身の方がいらっしゃいました。
あるお客様の近所の方で、紹介していただきお客様になっていただきました。

いろいろな事業を手広くされている中小企業の経営者で、顔もよくテレビに登場するようなちょい悪の大物政治家みたいないかつい感じの方でした。
言葉は関東弁がなおらなくて少し訛っていました。

そのため怒らなくてもこわい感じで、気の小さいセールスマンだった私は少し遠慮がちに接していたのをおぼえています。

それでも段々と取引を増やしていただき、頻繁にご自宅にうかがうようになりました。

ある日、いつものように受け渡しに行くと、社長が、
「お前、今日は昼飯を食べていけ」
といわれました。

午後の取引もあるし、社交辞令だと思い、
「いやあ、今日は急いでますんで」
とさりげなく断ろうとすると、

「いや、もう作ってるんだから、食べてけ」
というではありませんか。

ああ本気で言われたんだ、とそのとき初めて気付きました。

けっこう取引もしてくれるし、そこそこの友好関係は築けていましたが、なかなか入り込めない部分もあり、正直に言えば「少し苦手?」というふうに思っていました。

躊躇していると、

「ほらできたぞ!」

出てきたのは茹でて、水で冷やしたうどんでした。

『なんだ、うな丼でも用意してくれたのかと思ったら、うどん?』

しかも他にはお椀しか出ていません。

でも何か今までの展開とは違ってきたように感じ、
「それじゃ、ありがたくいただきます!おつゆはあるんですか?」
と言うと、

「おつゆは味噌だ。ほら味噌もってこい」
と奥さんに味噌を頼みました。

「はいはい、いつものね」
奥さんも佐野の方でした。

「え?味噌ですか?」

「そうだこれがうまいんだ。とにかく食べてみろ」

へえ、聞いてみると、お椀にうどんを入れて、味噌だけまぶして食べるということでした。

しかし、食べてみると、

『う・うまい・・』
これが本当に美味しくて驚きました。

味噌は普通の味噌を少し甘くした感じですが、しっかり辛味も残っていました。また豆粒が入っている田舎風の味噌でした。

「どうだ、うまいだろう!」

「いやあ美味しいです。びっくりしました。こんな食べ方があるんですね。ありがとうございます」

「これは俺たち(夫婦)の田舎の佐野の食べ方なんだ。うどんも向こうから取り寄せてるし、味噌も特製なんだぞ」

冷うどんをこんなふうに食べることは初めてのうえ、うどんの美味しさと味噌の美味しさが加わり美味しいを飛び越え、感動の域に入りました。

私の実家では昔から肉味噌に茹でた温うどんを絡めジャージャー麺という食べ方をしていましたが、
(ジャージャー麺は本来は中華麺で食べるものということをだいぶ後にしりましたが)
いずれにしてもその味ともまったく違う味で、とにかく本当に美味しかったです。

食べ終わると、社長はうどんの入った大きな箱を持ってきました。
「お前のために半分やるよ。一人暮らしなんだからちょうどいいだろ。簡単に食べられるからな」
と言って、2〜300グラムくらい入った袋を10個くらいくれました。

「あ・ありがとうございます!」

そのことがとてもうれしく、その日から家に帰ると美味しいうどんがたくさんあるので幸せな気分になりました。

うどんの袋はよく見ると、佐野市の「鶴里」という会社が作っているようでした。

美味しいのであっという間に食べてしまいました。

でもまだまだ食べたくて、ついには「鶴里」に電話して、大箱入りで取り寄せをしてしまったほどです。

考えてみると、そのことがあってからなんとなく苦手だったあの社長とも心が少しは通じ合えたような気持ちになりました。

もしかしたら向こうも少しそんなふうに感じていたのかもしれません。
以心伝心といいますから・・

聞いてみると社長には私より年上の息子さんが二人いて支店の経営を任せていたらしいのですが、別に住んでいたみたいなので、私を見て息子のように思ってくれたのかもしれません。

それにしても、あの時のうどんと味噌の見事なコラボされた味が今でも忘れられません。
もちろんその時のあの社長のあたたかいもてなしも含めての話ですが・・

☆☆☆☆☆

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競馬のことならなんでも に参加中!

競馬のエリザベス女王杯はイギリスから遠征で昨年の覇者スノーフェアリーが快勝しました。

今年はシンメイフジの大逃げできびしいペースになり底力が試されるレースになりました。

最後の直線は後から追いかける馬も持久力のない馬はすべて追い込みが聞かない状態になり、上位に残った馬は相当な地力がある馬ばかりでした。

そんな中、昨年の覇者で今年の凱旋門賞3着のスノーフェアリーが最後に間をこじ開けて抜け出し勝ちました。

着差以上に強い勝ち方だったと感じました。

これが世界最高級のレースで上位に入る馬の底力なのだと実感しました。

もちろん当日このレースのみの騎乗で唯一勝てるコースを瞬時に選択したムーア騎手もやはり一流ジョッキーなのだと思いました。

馬も騎手も世界のレベルはまだまだ相当なものであることを見せつけられたというのが実感です。

普通であればあの状態で勝ちに行くというのは考えられないくらい絶望的な位置取りだったと思っています。

あと前走大敗で復活にかけていたアパパネが3着に入りました。
アパパネは今まで56キロ以上の斤量はすべて入着を逃していましたが、今回は多分上位に残れなかったら引退する覚悟くらいの状態だったのではと思います。

馬券的には今後反動がこわいとは思いますが、心情的にはひじょうによかったと思いました。

また蛯名騎手の好騎乗も光りました。

大逃げは番手ではなく好位でという大原則と、最後に直線での追い出しのタイミングもよく最後にばてたホエールキャプチャを捕まえました。

さて今度はマイルCSです。
注目は天皇賞で記録的なペースで逃げたシルポート、同じく天皇賞で超ハイペースに巻き込まれた馬たちがどういう走りを見せるか楽しみです。

また次週のジャパンカップではこのスノーフェアリーを凱旋門賞であっさり負かして1,2着になった3歳牝馬が来日です。
勝った馬は外国調教馬でありながら社台の吉田氏の部分所有の馬でもあり、大注目です。

ベストの状態での出走を願っています。

あいかわらず馬券ははずしましたが、世界レベルのレースを見れたことで大変満足でした。

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起業家への道  スキルを磨く方法 に参加中!

今日は少しまじめな話を

最近土日で出かける機会が多くなりました。

先々週の日曜日はある方のご紹介で、茨城県の常陸太田というところに行きました。
常陸太田は水戸のすぐ北にある町ですが、私が行ったのは市町村合併で併合された旧里美村という山間の地域です。

そこで岩魚やヤマメを瞬間冷凍して旅館などに仕出ししている会社の社長さんに会ってきました。

いろいろと私がお手伝いできることがあればというような話をしてきました。
これからどういう展開になるのか相手の方の都合もあるのでわかりませんが、私に出来ることはご協力できればと思っています。

次の週の土曜日はずっとフランスに行って活動している画家の長尾周二先生が一時的に帰国されたので、会ってきました。

先生は帰国後は武蔵小金井に滞在しているので、隣の駅で楽でした。

長尾氏は例年帰国すると京都の法然院や長野、名古屋の美術館やギャラリーで個展や展覧会を開催していましたが、今年は向こうでの活動が軌道に乗り始めたので国内での開催はしないつもりだ、と言われていました。

私は絵心はなく、美術館系の業界にも疎いのですが、彼のように海外でコツコツ活動している方は結構いるようです。

たまにニュースやテレビ番組などで知りますが、美術だけではなく音楽やスポーツ、ビジネスなどあらゆる分野で海外で活躍している人が増えています。

成功すると突然テレビなどで紹介されますが、聞くと最初に足を踏み入れた時の苦労は並大抵でないようです。

私も会社員をやめて以来、やっている活動は今や本業からかなり離れてしまい、初めてその分野の専門家などと話をすることも多々ありますが、国内であっても最初はかなり大変だという実感があります。

言葉も通じない異国で、やりたいこととはいえ、大きなリスクを背負って飛び込んでいく勇気は賞賛に値すると思います。

とても真似ができないな・・、という思いです。

前述の岩魚の社長も同様で、最初は料理人でもなんでもなかったのに、今は旅館の板さんなどからも絶大な信頼を得ているとのことです。

最初に何かを始めるときには誰でも当然それなりの知識ややる気、ネットワークがあると思います。
それでないとその事業をやってみようとはなかなか思わないはずです。

もちろん好きだ、とかやりたいというのは大前提ですが・・

しかし実際に始めると素人の趣味の延長や専門家であってもどこかの看板で商売をしていた者の場合は、多くの業界ではすべて一旦清算されて新参者になります。

その場合まずは飛び込んでいく勇気が一番大切ですが、そのあとは孤独感との戦いになると思っています。

ほとんどの起業者はやる気があって始めるので、普通であれば努力を惜しむような人はいなくて、皆本当に頑張るはずです。

ところがまわりは当人のことを自分たちのいる世界に新たに侵入してくる者として捉えます。

そうするとまず味方になるのか、または侵略者なのかなどいろいろと思うことになるはずです。

新入社員のように皆同じ立場ではなく、自分だけが新参者のうえ、相手はそれぞれ自分で組み立てて商売や仕事をしているのでだまっていたら永久に相手にされないと考えてもいいと思います。

そういう活動をはじめてしばらくたつと、軌道に乗る乗らないとか、行き先があるないにかかわらず強烈な孤独感に襲われます。

これは多分多くの普通の人間にとっては一番の強敵であり、このような状態で当たり前、とかまったく気にならない状態にならないと、仕事以前の問題になってしまいます。

ですので、詳細の経緯は書きませんでしたが、岩魚の社長や長尾周二氏のような方は
先々どうなるとか、正しいかどうかなどは置いておいても「これはすごい」と思ってしまいます。

戦後生まれの方に限定すると、生まれてからよほど特殊な環境の人をのぞいて現代の日本人はほとんどが同じような環境で子供から育っていくのでは、と思いますが、
彼らはいつの間に勇気や孤独に耐えうる強靭な精神力を身につけたのでしょうか?

勉強になりますのひとことでした。

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鉄道 に参加中!

先日偶然仕事で東京駅を通った時、時間が少しあったので構内の駅弁売場を見学しました。

中央口コンコースの大きな店舗にはさまざまな駅弁がおいてあります。

仙台や米沢、小田原、小淵沢など東京以外の名だたる有名駅弁が手に入る時代になりました。

そこから新幹線の改札方面に行くと、急いでいる人向きなのでしょうか?
東京駅の駅弁を中心においている売店もありました。

一応何が置いてあるのかな?とチェックすると・・

「あれ?」

そこには東京駅の駅弁に混じって、あの駅弁大会でも人気になる北海道・厚岸駅の「氏家のかきめし」が置いてあるではありませんか。

値段は高いのですが、思わず買ってしまいました。

そして次に訪問したシステム会社の事務所で食べました。

システム会社の人にも、かきを一粒試食してもらいました。
「濃いねえ。美味しいよ」

写真など詳しい内容は現在更新をサボっているグルメブログに書きたいと思います。

氏家のかきめしは、相当前に北海道の北の果て、かきの産地で有名な厚岸の名物駅弁として全国的にも有名な駅弁だったそうです。

それが一時さまざまな理由で販売を中止していました。

それが近年の駅弁ブームで復活、当地以外の小売店などのイベントを中心に再度ブレイクしてきました。

それでもなかなか首都圏でも店頭で販売されているのを見かけることはありませんでした。

私も現地で買ったことはありませんが、京王の駅弁大会以来の購入です。

厚岸は約25年前の冬、学生時代に北海道の大学でひぐまの研究会に入っていた友人を訪ねた時、彼の車で流氷を見に行った時に通りました。

でも厚岸には立ち寄らず、となりの浜中の「霧多布」(きりたっぷ)というところで泊まりました。

当時はこのあたりの知識はまったくなく、ただ案内されただけという感じでした。

彼は高校時代は山岳部で、大学でも授業にはほとんど出ずにそのサークルの活動に没頭していたようで、特に道東から道北にかけては頻繁に行っていたようです。

泊まる旅館なども観光客などがまったく行かないようなところがほとんどでした。

彼はそのまま北海道の蘭越というところで農業をやっています。

話が戻りますが、駅弁もこの30年くらいで大きな変遷を遂げました。

昔の有名な駅弁で今も健在のものも沢山ありますが、いまや販売を中止しているものもたくさんあります。

憶えている範囲で北からたどると・・

・苫小牧
ここでは王子サーモンのスモークサーモンを駅弁にした「サーモン寿司」というのがあり、これは今も健在なようです。
もうひとつ「ししゃもチップ寿司」というのがあったと記憶しています。これは今は販売していないようです。
ししゃもはご存知の魚ですが、本当のししゃもかどうかは不明です。チップというのはたしかヒメマスのことだっと思います。
もちろん食べたことはありませんので、受け売りですが・・
当時この2つの寿司は苫小牧の有名駅弁でした。なにしろ他で食べることができない味でしたので・・
最近はサーモンの寿司などどこでも手に入る時代ですが・・

・黒磯駅
昔は乗り換えや、機関車の付け替えなどで交通の要衝として栄えた駅がたくさんありました。
このような駅は昼間はほとんどの列車が停車、しかも停車時間が長いことが多く、駅弁や駅そばの店が繁盛しました。
たとえば横川駅の「峠の釜飯」などはその典型です。ほかにも表題の黒磯、大船、米原、沼津、塩尻、直江津など同様の駅がたくさん存在しました。

黒磯駅は直流と交流の接続駅でした。この駅もご多分に漏れず有名な駅弁がありました。
なかでも当地の伝説を題材にした「九尾寿司」と「九尾釜飯」は旅行者にも大変好評だったようです。

現在黒磯は現地業者の駅弁販売は中止されてしまいました。

最近宇都宮の業者が販売を始めたようですが、前述の名物駅弁は姿を消してしまいました。

私が十数年前に夫婦で日帰り旅行で黒磯に行った時はまだ販売していました。
そのときは迷わず「九尾釜飯」を買いました。
ほかの釜飯駅弁とは若干違う中身でもあり、大変美味しくいただいたのを憶えています。

・ます寿司あれこれ
駅弁のます寿司というと当地でも郷土料理として有名な富山の源の「ますの寿司」があまりにも有名です。
サクラますの身と美味しい米、立山の笹のコントラストが美しく、食欲をそそります。

ところがます寿司の駅弁はほかにもけっこうあります。

特に歴史があるのは醒ヶ井養鱒場のますを活用しようということでできた米原駅のます寿司で、これが最古参のようです。

昔大阪と東京を行き来することが多かったので、途中下車して買いました。
当時は虹鱒の姿寿司ふうでひじょうに特徴がある駅弁でした。

また富士宮養鱒場のますを使用した静岡駅のます寿司も歴史があるようです。
これも大阪と東京を行き来した時に買いましたが、白身のますと赤身のますが半々ずつの押し寿司でした。

米原も静岡も内容は変わりましたが健在のようです。

それから現在は姿を消しましたが、中央線の立川駅でもます寿司と姿寿司ふうの鮎寿司を販売していました。
両方ともたしか350円くらいの値段だったと思います。鮎寿司は買ったことがあります。

・余談
そういえば押し寿司で思い出しましたが、金沢の駅弁業者「大友楼」(実際は地元の加賀料理の料理屋さんです)が販売している笹寿司も最近脚光を浴びているようです。

加賀の伝統料理という意味では大友楼さんは大変な老舗ですが、笹寿司に関していえば、一般の北陸の人には「芝寿司」という会社のものがもっともポピュラーな笹寿司であるといえます。

ここ近年は芝寿司さんは自由が丘GARDENなどの高級品スーパーに出荷していて、芝寿司の笹寿司は東京でも気軽に手に入るようになりました。

地元の人は「笹寿司」というより「芝寿司」とよんでいるくらいメジャーな食べ物です。

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.気になったニュース38 に参加中!

お腹をたいへんすかしたライオンがいました。

ライオンは最近数々の狩りに失敗していました。

「グウッ」
お腹が鳴りました。

「このままでは・・」

ライオンは考えました。
次の狩りは失敗できません。

「そうだ、同じせまいリングの中に誘い込んでしまえば」

ライオンはけんかには自信がありました。
でも図体が大きいせいか、小技は苦手でした。

ライオンはわなを仕掛けました。

でも大雑把なのでみえみえでわなにはなかなか獲物はかかりません。

それでも何頭かかかってきました。

でもこれではお腹いっぱいになりません。

そこでもっとお腹がいっぱいになる獲物に狙いをさだめました。
そう、昔から子分だったヒョウです。
ひょうは体は小さいけれど、分をわきまえていたのと、すばやい動きと切れのある知恵で生き抜いてきました。

「もうお腹がペコペコでがまんならん。しょうがないもうヒョウのやつを・・」

狙いをさだめられたヒョウはわなの近くにきました。
でもなかなかわなに近づきません。

でも段々と警戒を解いてわなに近づいてきました。
なにしろ昔からの親分ですから、めったなことはないだろう・・

もしかしたら・・
もうすぐ・・

動物は最初は単なる単細胞生物だったそうです。
その後地球の歴史の中で、それぞれまったく違う形態で生き残りをかけて変遷を遂げてきました。

肉食獣、草食獣、鳥、魚、そして人間・・

魚同士でも生きるためであれば大きな魚は小さな魚を食べてしまいます。
当たり前の話ですが・・

小さな魚は食べられないためにさまざまな防衛手段を遺伝子に記録してきました。

保護色、毒、群れて暮らす・・など

人間も動物、まったく同じことが言えます。

大きな肉食獣と、小さな草食獣をせまい同じリングに放したらどういうことになるか?

前向きな意見とは程遠いですが、近頃問題になっている、あの問題って、そういう風に思えてしょうがないんですが・・

いかがなもんでしょうか?

というより、そういう事態にならないことを祈っています・・
何か大きな危険を感じます・・

ライオンというよりジャイアンだね・・
「お前の物は俺のもの。俺のものは俺のもの」

☆☆☆☆☆

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