サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

当ブログは2018年3月よりURLが、
http://blog.livedoor.jp/chikao1216/
から
http://burauda.blog.jp/
に変わりました。サブドメインのため旧URLでアクセスしてもリダイレクトしてアクセスできます。
また名前も「サイト運営者日記・ぶらぶらうだうだ」に変わりました。

内容は「時代文化ネット」制作者が運営する日記で特にテーマはありません。
日常のサイト活動などにおいて見聞きした内容や、現在の社会や自身の生活などを通して感じたことなどをそのまま記載する形にこのたびリニューアルしました。
現在の掲載記事は以前の「穴狙い千ちゃん〜」「ちかお日記」に掲載されている記事をそのまま残してあります。
旧記事は「改修前」のカテゴリになっていて、「人気」???と記載があるのは人気があるかどうかは知りませんが、自分でまあまあ気に入っていた記事です。

2011年05月

ブログネタ
WIN5を楽しむ に参加中!

5/29分結論です。候補の予想から若干変更しました。
※解説(レバタラの世界です)
中央競馬予想日記で触れましたが、新しい試みです。
http://blog.livedoor.jp/tamochan1316/
「藁しべ長者」という昔話があります。
皆さんご存知だと思いますが、貧しい若者がある日、なんてことない藁を、ほかのものと交換して、それをさらにどんどん交換していくうちに大富豪にになってしまうという実際はありえないような話です。

このコーナーは不労所得を得て、楽をしたいということではなく、
競馬のWIN5やころがし、三連単で小さな資金をある程度の資金にして、もしそれなりの金額になったらまた株式などで運用したりして、どこまで夢が広がるような話にできるか、というようなコーナーです。

◆WIN5
全体的にクラス替えの前なので勝ってもクラスが降格する4歳馬がメイチ勝負の可能性が強く、あとは内目の先行型、道悪の巧拙がポイントになると考えます。
・東大路S
キャプテンマジン、トウショウフリーク

・むらさき賞
リッカロイヤル、リリエンタール

・ルミエールS
セブンシークィーン

・鞍馬S
エイシンパンサー

・日本ダービー
トーセンラー、サダムパテック
以上800円。


★三連単(200円)
東京11R日本ダービー
・サダムパテック1着付け、オルフェーヴル、フェイトフルウォー流し2点

以上合計1000円。

◆2011年の成績
★5/29の購入金額・・2000円
★5/29までの購入金額・・3000円
★5/22の的中金額・・0円
★5/22現在の残金・・0円

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WIN5を楽しむ に参加中!

◆WIN5候補
全体的にクラス替えの前なので勝ってもクラスが降格する4歳馬がメイチ勝負の可能性が強く、あとは内目の先行型、道悪の巧拙がポイントになると考えます。
・東大路S
テイエムクレナイ、キャプテンマジン、トウショウフリーク、ゴッドエンブレム
テイエムは熊沢騎手の軽量騎乗で注意です。時計が速いときに順位が高い馬に注意です。

・むらさき賞
マイネルグート、カネトシパサージュ、シェーンバルト
Cコースになり、内枠か先行型に注意です。ハンデがコンマ5キロ軽くなったシェーンバルトはこの先強い4歳馬が準オープンにたくさん降格してくるのでここは勝負を賭けてくると考えます。

・ルミエールS
セブンシークィーン、ナイアード、アポロドルチェ
アポロはこの条件は得意で時計かかりそうな今回は注意、ナイアードは格上挑戦ですが、前走この条件で強い勝ち方で注意です。あとは平坦コースではしぶといセブンシーに注目です。

・鞍馬S
キヲウエタオトコ、バクシンカーリー、ブルースターキング
キヲウエタは直線平坦、道悪の1200と条件がそろいました。ブルーは道悪得意でハンデキャッパーの評価は意外に高い。

・日本ダービー
トーセンラー、トーセンレーヴ、サダムパテック、ナカヤマナイト
個人馬主、もしくは内目か自在性があるタイプであまり切れるタイプは難しそうです。ハイペースは考えにくいですが、多分消耗戦的なスタミナ戦になると考えます。
上記の馬は上位候補ではなく勝ちに行く馬と考えます。
上位候補は皐月賞馬オルフェーブル、ユニバーサルバンク、フェイトフルウォーあたりと考えます。

◆ころがし、三連単はあらためて記載します。

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随筆・ノンフィクション・自由研究 に参加中!

「さあっ、学校も終わったし、これから川に遊びにいくぞ!」
僕は開放感のあるこの瞬間が一番好きです。

「川に行くのはいいけど、河童に引っ張り込まれないように気を付けなよ!」
お母さんがいいました。

「いつの話をしているんだよ。今どき河童なんかいるもんか」

「いるんだよ!」
僕の母はいまだに河童がいると信じています。

そんなこんなで川に遊びに行くと、あいにく今日は友達は来ていませんでした。
一人じゃつまんないなあ、と思い少し上流に向かっていって水際でジャブジャブ遊んでいました。
折角来たのでいつも遊んでいる場所と違うところに行ってみようと思ったのです。

本来ならここで「河童」が登場するはずですが、河童は出てきません。
「ほら、いないじゃないか。河童なんているわけがないんだよ」

仮にもし期待に応えて河童が出てきたとしても、河童の話はだいたいこんな感じで終わってしまいます。
そこで引っ張り込まれそうになり、なんとか逃げ帰るとか、そんな感じです。

河童は昔話によく出てくる、いわゆる「妖怪」です。
当たり前の話ですが、見た目から考えてもほぼ実在はしないと考えます。

でも他の妖怪と違ってひじょうに不思議、不可解な部分が多いと個人的に感じています。

妖怪といえば「ゲゲゲの女房」でおなじみの水木しげるさんが有名ですが、河童はあまり個性もなくもっとシンプルです。
河童伝説は日本中ほぼあらゆるところに存在しているようです。

学生時代に長野県で民話の調査をしましたが、私の知る限り河童の話で面白い話はほとんどありませんでした。

大体先ほどの話のような感じです。

きつねやたぬきにばかされる話などのほうがいろいろバリエーションがあって面白い話が多いと思いました。
この種の話は山で道に迷うことの危険を戒めた話が多いようですが・・。

ところがきつねやたぬきは動物そのものですが、河童や鬼、天狗、竜などは実際に実在しない「妖怪」です。

私は少しかじった程度なので専門知識はありませんが、たとえば天狗は外国人なのでは?という説もあるそうです。

また鬼は潜在的ないわゆる「魔」というか、たとえば疫病とか災害などよくないことをあらわしているのではと想像します。

竜はその容姿からも想像できますが、洪水とか鉄砲水をあらわしているように思っています。
少なくとも長野県で取材した範囲ではそのように感じました。

ところが河童は何を参考にあの容姿が考えられたのか?・・不思議です。

前回の記事で私は「宇宙人は人間の想像の産物である」という個人的な見解をのべましたが、
民話の場合は長年の生活の中で自然に培われた現実の出来事の積み重ねから出来上がっているはずで、そういう意味では本当に不思議な生物です。

もちろん誰でもおわかりだと思いますが、河童は本来「川の危険」を戒めるための話であると思っています。

水はすべての生命の源でもありますが、同時に大変危険なものでもあるということを知らしめるためにこのような話があるのだと思います。
なぜかと言えば人間は川がいくら危険でも、川の近くでなければ生きていけなかったからではないでしょうか?

それではいったい何の生き物に似ていいるのか?
かいもく見当がつきません・・。

「君はどこからきたんだ?」
「いったい何者なんだ?」

「私は河童です」
とこたえるしかありません。

さらにもっと不思議なのは、昔はそんなに人の行き来が多くなく、普通の村人は一生村を出ることがなかったと思うのに、全国どこでも「河童」は同じ姿をしています。

たとえば竜や天狗のように何か他の姿をもじってできた妖怪であれば理解できるのですが、

河童はもとから何をもじってできたかわからないのに、日本全国ほぼ共通の容姿です。

「もしかしたら昔は河童は本当にいたのかもしれない」
そう考えるほうがつじつまが合います。

ゆえに「河童は実在したのかもしれない」というのが私の個人的な見解です。
少し乱暴ですが・・。

それでは当時の河童は今はどう過ごしているのでしょうか?
河童はおそらく、陸にあがって人間と融合してしまったのかもしれません。

なぜかそんな気がします・・・

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朝会社に着き、すぐにオフィスに入ると、彼もすでに出社していました。

私はかなり前から
「彼は本当は宇宙人なのではないか?」
と思っていました。

もちろん見た感じもありますが、何かわれわれ地球人と異質なものを感じていました。

彼はゆっくりとコーヒーを飲みながら新聞をひろげています。
新聞をひろげているので、上半身は新聞で隠れてよく見えません。

「本当は何をやっているんだろう?」
「もしかしたら朝の食事をしているのではないか?」
「あの飲み物も本当にコーヒーなのか?」
宇宙人は当然地球人と違うものを食べるはずです。

彼は皆と食事に行くことはまずありませんでした。

一回疑ってしまうと、何もかもが不自然に思えてしまうので不思議です。
「スーツの中には残りの手足がたくさんかくれているのではないか?」
「人間の顔をしているが、それは精巧に作られた仮面で、それをはがすと本当の姿がかくれているのでは?」
など妄想はどんどん膨らんでいきました。

ある日などは、
彼とトイレで一緒になり、入念に顔の手入れをしていたので、
「おいっ、お前の正体はわかっているんだ!本当の姿を見せろ!!」
と、言いたい衝動にかられて、のど元までその言葉がこみ上げてきたくらいです。
「ゴックン」
やっとその衝動を飲み込んで、踏みとどまりました。

もしそんなことを言ってしまったら・・・

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「フッフッフッ、とうとう俺様の正体を知ってしまったのか」
と言うと同時に、顔の仮面を「ベリッ」とはがし、
本当の姿を見せました。

口は巨大なおちょぼ口で、目はぎょろっとした感じです。
子供のころに絵本で見た宇宙人そのものです。

さらにスーツを「ベリッ」とはがすと、
残りの6本の足がでてきました。

まるでほとんどタコです。

そのタコ、いや宇宙人は腰のあたりから、レーザー銃のようなものを取り出すと、私に向けました。
「知られたからには生かしておくわけにはいかないんだ。」
と言うが早いか引き金をひきました。

「ピーーッ、ピーーッ」

「ぎゃあああっ」

私は瞬間的に消滅してしまいました。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・・・とそんなことになってしまうはずです。
「よかった言わないで、命拾いした」
私は「ふーっ」とため息をつきました。

そもそも宇宙人というのは本当にいるのでしょうか?

大体人間から見てるから「〜〜人」というふうに呼んでいますが、この地球には数え切れないくらいの種類の生物がいて人間はその中の一種に過ぎません。

そんなに都合よく他の星の生物が人間に近い形になるというのもおかしな話です。

さらにもっと不思議なのは、この巨大な宇宙でこの地球にやってくるのはどうしてでしょうか?

太陽系の冥王星でも光の速さで数分、時速3000キロの戦闘機では気が遠くなるような時間がかかるそうです。

一番近いといわれている「シリウス」で4光年、「アンタレス」は600光年かかるそうです。

もっといえばそのアンタレスと地球の距離は、銀河系宇宙全体のものさしで見たら、ほんのわずかな距離だそうです。

仮に光の速さで飛ぶ円盤に乗っていても、アンタレスあたりから来ると600年かかっているわけです。

さきほどの彼も600年前にアンタレスあたりを出発して最近やっと地球に到着したのでしょうか?

そもそもそんな離れたところからこんな砂粒のような地球の状況がなぜわかったのでしょうか?

よく考えると納得のいかない不思議なことばかりです。

「そうなんだ、やはり宇宙人なんかいないんだ」
「人間の想像の産物なんだ。そうに違いない!」

私はこんな妄想にとらわれている自分がだんだんはずかしくなってきました。
彼が宇宙人のわけがない、もう600年以上も生きてる生物なんてありえないし・・。

ふと我に返ると、彼はまだ新聞を読んでいます。

私は彼のところに近づき
「なんか、おもしろいニュースあった?」
と言いながらにこやかに覗き込みました。

彼はびっくりして、
「今食事中なんだ。じゃまするな」

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子供のころに北野田の叔母が私たち兄弟を奈良に連れて行ってくれました。
ある日とつぜん母から「明日、○○おばちゃんが奈良に連れて行ってくれるって」といわれました。

当時奈良という町は知っていましたが、小学校の低学年だったので名前を聞いたことがあるというくらいでした。

北野田の叔母は叔父と一緒に車で迎えに来てくれましたが、今から考えてみると北野田(堺市南部)からわざわざ豊中まで来て、さらに奈良に行き、そして私たち兄弟を豊中まで送り、さらに北野田に帰るという相当なハードスケジュールになったはずで他人の家の子供によくそこまでしてくれたと感心しています。

話が少し脱線しましたが、「奈良といえば鹿です」

当時は奈良に鹿がたくさんいることをまったく知りませんでした。

だから奈良に着いて、街中に鹿がたくさんいるのを見てびっくりしました。

世界広しといえど、大きな町に野生の鹿がこんな大量に闊歩している町はほかにはないのではと思います。

鹿はご存知の通り、「鹿せんべい」が大好きです。
最初は鹿せんべいをしらなかったので、寄ってくる鹿をなでたりしていましたが、
あちこちで鹿せんべいを売っているのをみかけ、早速買ってもらい鹿にあげたのを憶えています。

鹿はほんとうに食いしん坊で、鹿せんべいを見せて、一頭にあげると、どーっと寄ってきます。
ぬれた鼻を体に押し付けて、「フンッ、フンッ」という感じです。

しまいにはこちらで持っている残りのせんべいも強引に奪おうとします。
やはり「フンッ、フンッ」と興奮しています。

鹿せんべいはたしかにすごくいい匂いがします。
いわゆる瓦せんべいみたいな感じです。

「そんなに美味しいのなら、ちょっと」
と思い、私も少しかじってみました。
「ゲゲゲーっ」
味がまったくありません。

鹿はこれの何が美味しいと思っているんでしょうか。

そのうち他の人たちもたくさん鹿せんべいをあげはじめました。
みるみるうちに大量の鹿が集まってきました。

「フンッ、フフンッ、フン」
「フンッ、フンッ、フフンッ」
「フンッ、フンッ、フンッ」

皆興奮しています。

さらに仲間同士で戦いになる鹿たちもでてきました。

どうやら鹿たちの戦いを誘発してしまったようです。

私のほかにも結構観光客の子供がいて、その子たちも鹿せんべいをあげていました。
鹿がよろこぶので、子供もうれしそうです。
「キャーッ、かわいい」とか「ほら食べっ」
とか子供達もうれしそうに騒いでいます。

そのうち鹿も子供たちも興奮が最高潮に達してきました。

鹿は子供たちの鹿せんべいをねらって追いかけ始めました。

「ぎゃー」「こわいーっ」
子供たちは逃げ惑いはじめました。

鹿たちはさらに興奮して子供たちを追いつめます。
「フンッ、フンッ」
「フンッ、フンッ、フーッ!」

とうとう逃げるある子の後に鹿が十数頭が群れになって追いかける、そんな状態になってしまいました。
「ぎゃーっ」「フンッ、フンッ」「フフンッ、フンッ、フーッ!」

私は奈良に行ったときに大仏さんとかをいろいろ見学しましたが、今でもその光景が忘れられません。
奈良に行ったときの思い出といえば、この光景です。

その子はその後どうしたんでしょうか?

もしそのとき鹿につかまってしまったら、どういう状態になってしまったんでしょうか?

十数頭の鹿たちに「フンッ、フンッ」「フンッ、フフンッ」
「ベロベロベロ」とやられ、
「ガツ、ガツ、ガツ」
「フーッ」
「げっぷっ・・・・・」

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六波羅特別で指定したナリタシリカが出走取り消しになりましたので、サバースに変更します。

これから馬券を買うので間に合いました。

間に合わないほうが良かったかも・・・

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◆5/22分
★WIN5(300円)
・六波羅特別
ナリタシリカ
・薫風S
ヒラボクワイルド
・駿風S
ケンブリッジエル
・東海S
バーディバーディ
・オークス
マイネイサベル、バウンシーチューン、ホエールキャプチャ

★ころがし(300円)
・1戦目
東京10R薫風S
ダイヤモンドムーンの単複(100,200)
・2戦目
東京11Rオークス
マイネイサベルの単勝30%、複勝70%

★三連単(400円)
東京11Rオークス
・ホエールキャプチャ1着付け、マイネイサベル、バウンシーチューン流し2点
・ホエールキャプチャ1着付け、マイネイサベル、マルセリーナ流し2点

以上1000円。

◆2011年の成績
★5/22の購入金額・・1000円
★5/22までの購入金額・・2000円
★5/15の的中金額・・0円
★5/15現在の残金・・0円

※解説(レバタラの世界です)
中央競馬予想日記で触れましたが、新しい試みです。
http://blog.livedoor.jp/tamochan1316/
「藁しべ長者」という昔話があります。
皆さんご存知だと思いますが、貧しい若者がある日、なんてことない藁を、ほかのものと交換して、それをさらにどんどん交換していくうちに大富豪にになってしまうという実際はありえないような話です。

このコーナーは不労所得を得て、楽をしたいということではなく、
競馬のWIN5やころがし、三連単で小さな資金をある程度の資金にして、もしそれなりの金額になったらまた株式などで運用したりして、どこまで夢が広がるような話にできるか、というようなコーナーです。

当然上記の馬券や金融商品の運用はプロでも難しい、深い研究が必要な世界です。
たまたま私が元証券マンだったり、趣味が中央競馬なので新規の投資は毎週1000円で挑戦してみようと思い、はじめることにしました。

1000円で金融商品は購入できませんので、まずは中央競馬の前述の馬券からスタートします。
宝くじよりは楽しめるかな、と個人的には思っています。
3種類の馬券に分けますが、相互に若干軸を変えることで、どれかが当たる確率を高くしてみたいと思います。

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.気になったニュース37 に参加中!

金曜日の出来事です。

朝の9時半くらいでしたか、お客さんとのアポがあり準備をしていた時のことです。
何か外が騒がしいように思いました。

犬がやたら吠えています。

「わんわんわわん、わん、わん」
誰か人が通ったりして吠えているのかな、と思っていました。
しばらく5分くらい吠えていたら、静かになりました。

そしてまた5分くらいたったころ、

「わんわんわわん、わん、わわん、わんわん」
また始まりました。
特に車や人がいる感じではないようです。
「カアー、カアー、カアー」
今度は烏も鳴き始めました。
犬も先程よりはるかに激しく吠えています。
「わんわんわわん、わん、わぉーん」

と、部屋のサッシが「ガタガタ」と音をたてはじめました。
「ガタガタガタッ」
地震です。
揺れは大きくはありませんが、少し長そうです。

しばらくして揺れはおさまりました。

それにしても実際のところはわかりませんが、なぜ犬と烏が鳴いたのか・・

地震がおさまったあとは犬も烏もまったく静かになりました。

地震は茨城県などで震度4で大きな地震ではありませんでしたが、マグニチュードは5.8でそこそこの規模のようでした。

たまたまかもしれませんが動物たちは地震を感知して騒いだのでしょうか?

単にその地震を予知した話であればいいのですが、また大きな余震が起きたりしないことを願っています。

私:「君たちは地震がきそうなので鳴いてたの?」
「わんわんわわん、わん、わん」
「カアー、カアー、カアー」

私:「君たちは僕に地震がくるのを教えてくれたの?」
「わんわんわわん、わおーん、わん、わん」
「カアー、カアー、カアー」

私:「君たちは予知能力があるの?」
「わんわんわわん、わわん、わおーん」
「カアー、カアー、カアー」

動物語がわからないので真相は謎のままです。

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スモールさんへ

馬場入場曲は当然、おっしゃるとおりです。
即刻すべての入場曲を以前のものに戻すべきだと、思っております。

個人的には、関東一般レースの「白馬のギャロップ」という曲が気に入ってました。
競馬場でこの曲を聴くと、酒を買いに行きたくなります。
まだお昼くらいのレースで負けが込んでいないので、心に余裕があるのでしょう。
一般の勤め人が真昼から堂々と酒を飲める場所はそうそうはありません。
なんでこんな曲名を知っているのかというと、当然ネットで調べました。
大体こういう曲に名前がついていること自体最近まで知りませんでした。

次に好きなのは関西特別レースの入場曲「サラブレッドマーチ」です。
関東の競馬場や場外では長らく関西のレースを買うことはできませんでした。
今ではすべての場ですべてのレースを買えますが、馬場入場曲はなかなか耳にすることができませんでした。

◆先週の検証
今週の競馬はまったくダメでしたが、先々面白そうな馬は見つけることができました。2頭います。

一頭目は、京都障害未勝利を圧勝したリリーハーバーです。
この馬はダート短距離の条件戦ばかりを使われていた馬で、今回障害なので芝中心の長距離と全くちがう条件でのレースでした。
時計はレコードよかではありませんでしたが、逃げて常に他の馬に競りかけられている状態でストレスの多い展開なのに、最後は突き放しての快勝でした。
相当スタミナと根性がないとできない芸当だと思います。
もしかしたら芝の長距離でも相当な力を発揮する可能性があるのでは、と思っています。
もう7歳ですが、障害でこの後も好走できれば賞金を加算して、芝の長距離ハンデ重賞などに出走してくればかなり面白いのでは、と感じました。
このような経緯では、高齢もあり重いハンデはありえないので軽量で出走できるメリットもあります。

もう一頭は土曜日の紫野特別を快勝したランリョウオーです。強い4歳世代ですが、南半球産なのでまだ1キロ斤量が少ない出走ができます。
超のつくスローな展開で先行馬の戦いになりそうでしたが、最後方から次元の違う脚で楽々差し切りました。
この馬実は春先に500万下の身でありながら、1000万木津川特別に出走、直線抜け出したガンダーラに今回同様並ぶ間もなく差し切り勝ちをしています。
負かしたガンダーラもそのあと千里山特別を2着、1000万を勝ち、さらには5月1日準オープンの錦ステークスを快勝してすでにオープン入りしています。

今回も当時も2着馬を子供扱いしている勝ち方で、秋のG1や重賞戦線で台風の目になる可能性は十分です。
大阪杯でヒルノダムールとエイシンフラッシュと鼻面の勝負を演じたダークシャドウとともに大きな期待ができそうな一頭です。

◆オークス展望
あとオークスですが、桜花賞の逃げ馬がNHKマイルでもハイペースで善戦して、一緒に先行したエイシンオスマンが皐月賞、NHKマイルで健闘したことを考えると、桜花賞でそのフォエバーマークをあっさり差しきった上位三頭は相当な地力なのではと思います。
残念ながら一番期待していたトレンドハンターが故障で引退してしまいましたが、あとの2頭はタフなレースやコースで勝ち負けになるくらいなので、今回も上位の確立大と思います。
また左回りに賭けて、桜花賞をパスしてオークスで勝負のマイネイサベルも前走は脚ならしのうえ道悪ということで今回は注意だと思っています。
ほかは初距離もあり予想がきわめて難しいレースになりそうです。でなくても当たらないんですから・・。

◆話かわって
さて急に話がかわりますが、今日は北陸の話を少し、

北陸地方というのはいわゆる富山、石川、福井の3県を指します。
北陸地方の方言をほかの地方の人で真似をしてみて、と言ってもほとんどの人は出来ないのではと思います。

なぜかというとまずひじょうに人口自体が少ないから、都会では行き会うこと自体少ないと思います。

また多くの人は大阪、ついで名古屋、一部は東京に出てきているようですが、ほとんどの人に共通しているのは地元以外では地元の方言はしゃべりません。

私の両親も金沢の人間です。父親はアクセントなどは少しおかしかったのですが、いわゆる露骨な方言自体はほぼ使いませんでした。
地元に残っている以外の親戚のほとんどは大阪に住んでいますが、言葉の端々や細かい表現で金沢の言葉がたまに出ても、ほぼ普通に関西弁で話します。

全国のほかのハッキリした方言の地域、たとえば九州、関西、名古屋、東北・北関東などの方は都会に出てくると、いくらかは直すにしてもそのままの地元の言葉で話す方が多いようです。
ところが北陸の人はどの県の方も都会では原則方言でしゃべりません。
不思議です。

山陰の方も多少その傾向があるようです。叔父にも鳥取の方がいますが、もちろん浪花っ子とは違いますが普通に大阪の言葉でしゃべります。

そして北陸の方は同じ県でなくとも、都会で北陸の人間を見つけるとかなり親近感を覚えるようです。
人数が少ないというのも関係あるのでしょう。

東北なども同じ傾向があるようですが、違うところは東北は県別や藩別でかなり仲間意識が強いようです。
たとえば福島だと浜通り、中通り、会津ではそれぞれがまた意識があるようです。

北陸の場合は少し違うように思えます。
福井でも、石川でも、富山でも、他の県でも同じ北陸ならかなり親近感を覚えるようです。

これは私の個人的な感想なので違ったらすみません。

こんなことがありました。

結婚してすぐ金沢に墓参りして報告するために夫婦で金沢のお寺さんに行きました。

そこでお坊さんと(今は故人です)と奥様にも当然ご挨拶しました。

奥様「今日はどちらからおいでたの?」
私「東京です。」
奥様「遠い所たいへんねえ」
私「今日は妻も一緒にきたので、ご紹介します」
お坊さん「ほうー、奥さんはどこの出身か?」
妻「東京なんです」
私「ただお父さんは関西の舞鶴なんですが、本当は氷見に本家があって大元は富山の氷見の人らしいですよ」

と言った途端、お坊さんの表情が急に変わりました。
なにやら上機嫌な顔になりました。

「ほうか、ほうか、富山の顔しとる」
「うーん、うーん、・・というこっちゃ」
なにか一人で納得してにこにこでした。

お寺を出てから妻が言いました。
「富山の顔ってなあに??」
私「いや、わからない」
妻「なにを喜んでたの?」「私ってほめられてたの?」
私「・・・・・」

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おっと!思ったニュース に参加中!

ここは○○県A市の小学校の教室、5年3組です。
しがないサラリーマン風のC先生と、まだ5年生だけど少しませた男の子D君の会話です。

C先生 「今日から○○県では、県の歌というのを作ったので、朝礼の時に毎朝歌うことになったんだ。よろしくな」
D君 「へえ、わかりました」
C先生 「俺なんか歌う時に起立しなきゃいけなくなったんだよ」

D君 「そうなんだ、先生大変だね。もし起立するのを忘れたらどうなるの?」
C先生 「いやあ、それがな、何回もやるとクビになっちゃうんだよ」

D君 「先生はちゃんと起立するんだよね!」
C先生 「まあね。おれもクビにはなりたくないからね」

D君 「起立しないと、何でいけないの?」
C先生 「それはなあ、みんなの気持ちをひとつにして、○○県を愛する気持ちになってもらうためなんだよ」

D君 「何で○○県を愛さないといけないの?」
C先生 「この間、遠くの方で大きな地震があったろ?今この国は大変なことになっているんだよ。こういう時はな、今よりみんなが団結しなくてはいけないんだよ」

D君 「そうだね。団結するのはわかったけど、それと起立することは関係あるの?」
C先生 「いやあ、俺もよくわからないけど、県の知事さんがそういうふうに思ってるんだって・・」

D君 「知事さんて、何?」
C先生 「県で一番偉い人だよ」

D君 「じゃあ国でいったら総理大臣だね」
C先生 「まあそんなもんだ」

D君 「その人はいつも正しいの?」
C先生 「それはな、人間だからいつも正しいとは限らないさ」

D君 「今の話聞いて思ったんだけど・・」
C先生 「なんだい?」

D君 「地震で国が大変なんでしょ」
C先生 「そうだよ」

D君 「それだったらみんながまたよくなるように協力してあげればいいんでしょ?」
C先生 「そうだね」

D君 「起立しない人は協力しない悪い人なの?」
C先生 「いや、そんなことはないよ。いい人か悪い人かと起立するしないとは関係ないと思うよ」

D君 「じゃあ何でクビにするの?」
C先生 「○○県としてまとまろうという時にその邪魔になるからだと思うよ」

D君 「じゃあ起立は○○県の意見なの?」
C先生 「いや、それは知事さんの意見だよ」

D君 「知事さんの自分の意見なんでしょ?」
C先生 「そうだね」

D君 「自分の意見と違う人は出てけ、ということだね」
C先生 「まあ、結局はそうなるかもしれないけど、そのほうがいろいろなことがやりやすくなるんじゃないかな。いちいち反対対する人も減るだろうし」

D君 「先生も知事さんの意見に賛成なの?」
C先生 「いやあ、俺はクビになるのはいやだし、家族もいるから反対をしないでおこうと思っているんだよ。」
「まあたいしたことじゃないからそれくらいはいうことを聞こうかな、と思っているだけだよ」

D君 「そうだね、クビにはなりたくないよね。子供のぼくでもわかるよ」
C先生 「よかった、わかってくれて」

D君 「でも、もし心の中で反対で無理やりいうことを聞かされた人は面白くないよね」
C先生 「そうえいば、そうだね」

D君 「それで気持ちがひとつになるの?」
C先生 「いや、心の中ではかえって嫌な気分になるだろうね」

D君 「それじゃあ、言葉とかで反対する人を減らすだけなんだね」
C先生 「まあそうだな」

D君 「そうしたら、県がよくなるとかより、その知事さんがやりやすくなるだけだね。もう一回聞くけど知事さんはいつも正しいの?」
C先生 「さっきいったとおり、いつも正しいかどうかなんてわからないよ。大体正しかったかどうかなんて何年、何十年たたないとわからないこともあるんだよ。」

D君 「じゃあ、違う意見の人が正しい可能性もあるんだ」
C先生 「そりゃあ、そうさ」

D君 「じゃあ、なんで起立するかどうかなんて問題にするの?」
C先生 「県で作った歌だからな、それは大事にするってきまりがあるんだよ」

D君 「県って、国の次に大きいんでしょ?」
C先生 「そうだね」

D君 「じゃあ、国みたいなもんなんだ。」
C先生 「まあ国の子供みたいなもんかな。学校だって国のきまりで行くんだけど、俺たちは県の職員だからね」

D君 「それじゃ、国の意見だと思う人もいるかもね」
C先生 「まあ、少し違うけど、その可能性はあるね」

D君 「国には、国の歌があるでしょ。それを歌う時は起立しないといけないってきまりはあるの?」
C先生 「あんまりよくわからないけど、違反したらクビになるかどうかは別にして職員のきまりにはもしかしたらあるかもね」

D君 「そのきまりが一番えらいきまりなの?」
C先生 「いや、日本には憲法っていう一番優先されるきまりがあるんだよ」

D君 「そうなんだ、その憲法っていうきまりでも歌を歌う時は起立するって決まってるの?」
C先生 「まさか、そこには基本的人権といって、考え(思想)や発言(言論)、信じる宗教も自由だって書いてあってそれが一番の基本になっているんだよ。大事なことだと思うだろ?」

D君 「そうだね、僕も本当に大事だと思うよ。だって違う意見だからって仲間はずれにされたら嫌だよ。それによく学校で多数決するけど決めることがある時はしょうがないけど、さっき先生がいったようにそれがいつも正しいとは限らないからね」
「じゃあ、国のこどもみたいな県がそういうことを決めるのって何で?」
C先生 「それはな、県の職員は見本にならなくちゃいけないから、ということみたいだね」

D君 「でも国は考えや宗教は自由でそういうことで差別しちゃいけないっていうことを一番大事だと思っているんでしょ?」
C先生 「そうだな」

D君 「そうしたら、学校で”この国では考えや、宗教は自由だよ”って教える先生がそういうことでクビになっちゃうと、逆にならない?」
「考えが違うとこういう目にあうんだよって、僕たちは思っちゃうよ」
C先生 「・・・」

D君 「これがもし会社だとどうなるの?」
C先生 「会社は民間だから、どんなやり方をするのかは自由なんで、逆にそういうやり方で会社をやる自由というのも同じ自由のひとつなんだよ」

D君 「そうだね、いやなら入らなければいいんだからね」
C先生 「そうだね。たとえば社長の俺の考えと違うから出てってくれ、ということも場合によってはあるかもね」

D君 「それは、よくわかるね。友達同士だって嫌いなやつと一緒に遊びたくないもんね」
「でもさ先生、国とか県は一番大事なきまりでそういうことは自由だといってて、その見本になる人たちを自由にしないってどうかな?」
C先生 「いやあ、そういわれてみれば、そうだね。でもな別に大きく反対するほどのことでもないし、クビになるのもいやだしね」

D君 「そうだね。ただそれは県とかの意見といいながら、知事さんの個人の意見なんでしょ?」
C先生 「そうだよ」

D君 「一回いいよ、とかいっちゃうとほかのこともどんどんそういうふうにしようとするんじゃない?」
「ぼくの周りにも何でも自分の意見のとおりにさせようとする人がいるけど、あまりいい気分じゃないし、その人の都合が良くなるだけなんだよね。ぼくたちのことなんか本当に考えてると思えないよね。」
「何か決めなくてはいけない時はしょうがないけど。せめてみんなの意見を聞いてくれるとありがたいと思うね。それにたまに何でこんなことまでいうこと聞かなくちゃいけないの、自由にやらせてよって思うこと時もあるよ」
C先生 「それはそうだ、みんな考えはそれぞれだし、いいとこも悪いとこもあるわけだしね」

D君 「最後にひとつだけ。その起立をしなかった人が多いとこの国がよくなる事と関係があるの?」
C先生 「いやあお前にはまいったね。あんまり関係ないんじゃないかな」

D君 「それだったら、その知事さんやその意見に賛成している人たちだけそうすればいいじゃん。それが本当に正しいことだったらきまりとかを作らなくてもみんな真似してそうするはずだと思うけどね」
C先生 「・・・・・」

たとえばここで出てくる知事さんみたいな社長がいる会社に入りたいですか?
私は個人的には答えは簡単です。人それぞれと思いますが・・。、
みんな考えは自由ですから・・・。

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昔、むかし、はるか昔、大昔のはなしです。
おじいさんとおばあさんが川で洗濯をしていた時代よりは少し最近のはなしです。


私が会社に入り新入社員で研修を受けていたころ、
同じ同期の新入社員のなかにどういう意味かは別にして、たいへんやり手の男がいました。
名前はAといいます。


Aは当時のバブル直前の時流に乗った軟派風の男でした。
彼は、自分で曰く「俺には六人の妹がいるんだ!」
と豪語していました。

それを聞いた、おくてでシャイな私は、
「へえ〜、七人兄弟なんだ。大所帯だね」
と言いました。
周りにいた別の男は、
「ばかかお前は、それとはちがう妹だよ!」
とさとしました。
「???」
どうやら彼は、年下の彼女は妹、年上はお姉さんと呼んでいたのでした。


大幅に年上をお母さんと呼んでいたのかはわかりませんが、
たいしたもんだ、いずれにしてもうらやましいね、と思いました。
私は純情だったので、同い年のきょうだいがチラ、ホラとしかいませんでした。


そんなこんなで一年が経ち、そんなことも忘れかけた春のこと・・

私が働いている支店に恒例の新入社員が配属されてきました。
野郎が一人、女の子が二人です。

女の子は一人は理知的な感じでいい子でしたが地味目でした。
もう一人はというと、背も高く派手で、当時イケイケといわれた女子大卒のピチピチ風ギャルでした。

名前はB子といいます。

B子はまあまあかわいいのもありましたが、性格も積極的でした。
支店の男は皆魅了されました。
でも口をひらくと、「それで〜っ」「かわいい〜〜」的な感じで、
さらには、
自分のことを「わたしって、”す○もと○や”に似てると思うんだけど、どう??」
こんなことを聞いてくることもありました。
「目だけは似てるね」
私は内心そう思っていましたが、気が弱いのでだまっていました。


そんな時です。
同期のAから電話がありました。
「お前んとこの支店にB子が入ってきたんだって?」
「そうだよ」
「あいつは俺の妹なんだよ」

私はこんな信じられない偶然の出来事なのに妙に納得してしまいました。
やはりそうだったか・・


それからしばらく時が経ち、皆は順調に成長していきました。


ほどなくAはめでたく結ばれて結婚しました。
もちろんむかし妹だったひとではなく、新しく妹になった人でした。
話によると飲み屋でナンパしたとのことです。
「俺のいもうとになってくれる?」
とでも口説いたのでしょうか。


同じ職場であったB子も時が経ち会社をやめてしまいました。


そしてしばらく経ったころ、B子が結婚することになりました。
会社に入ってからもB子は仕事も頑張っていましたが、遊びもけっこう頑張っていたようで、
どんな派手なやつと結婚するのか、見ものだと皆が思っていました。


B子の結婚式の二次会に招待されたので当然出席しました。
だんなさんはどうやら地元の結構裕福な家の方で、しっかりした金融機関の方でした。


早速B子に、「結婚おめでとうな。よかったじゃん。だんなさんは?」
と早速祝福の声をかけると、
B子は、「ありがとう。だんなは本当にふつうの人なの」
「ふつう????」
「そうなの、ほんとうにふつうのひとなの・・・」

今までどういうやつとつきあってきたんだ?・・


今でも不思議なのは彼女はどうやって彼と出会ったのかということです。
やっぱり、飲み屋でナンパしたんでしょうか?
「私のお兄ちゃんになって〜〜」


B子は今でも幸せに暮らしているようです。Aはなぜかずっとくされ縁で私が会社をやめた今でもそこそこ仲良しのはずです。


こんなオチない、つまらない話を長々と読んでいただいてありがとうございました。

この話は誇張して作られている半分フィクションです。あしからず。

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スモールさんお見事でした。私は沈没でした・・。
ただ「藁しべ・・」は他のブログを作って続けようかと思っているくらいで、今のところやる気満々です。

ところで内閣不信任案を提出してしまう話が浮上しているというニュースが流れました。
難しい政治的なことはわかりませんが、要は原発問題、震災復興など問題山積みで今の内閣ではついていけないので、引きずりおろしてしまおう、というふうに感じました。

たしかにいろいろな問題が行き詰まり、そうしたほうがいいのかもしれません。

では、それを提出する人たちには、何か秘策があるのでしょうか?
もしあるのなら先にそれを世間に問うてほしいところです。

公開する手段は無数にあります。
名案であれば、世間は賛同します。
自然と信頼はそちらに向かいます。

もし今政権の中央にいる人たちが聞く耳を持つ人であれば、取り込み、発案者を重用することになるはずです。

人の責任を追求するために、政治家になっているのではなく、皆国政に参加するためになっているのが原点なのではと思います。

権力を取れないと何もできないというのであれば、権力を取ってもその権力を守ることがハードルになってしまい、本末転倒になります。

このようなことを語ると、いろいろと反論されるかもしれません。
「世の中きれい事じゃないだろ」とか
「じゃああんたが立候補しろよ」とか
「皆立場やしがらみがあるんだよ」とか

その通りだと思います。
それだったら今まで通りのやり方で、このようなときでも不信任案を出して引きずりおろして名案もないのにまた同じように喧々囂々を繰り返せばいいのだと思います。

先ほど述べたようなやり方で、出所や正誤はともかく実際に世間の支持を得た人たちも出てきています。
たとえばあちらこちらの県知事さんや某大都市の市長さんです。

「きれい事じゃない」のは、自身の心のあり方の問題で、商売や活動を正当にちゃんとやっている人は五万といらっしゃいます。

「立場やしがらみを守ること」が過去に国や、政府や会社などで起きた問題をずっと悪化させて引きずってきた一番大きな原因だと思います。

世の中を潤滑に、活発にするにはより多くの人の賛同と協力が必要になると思います。
また人はさまざまであり、人間はほぼ間違いなくいいところと、悪いところを両方持ち合わせているはずです。
そして先のことはだれもわかりません。

友好的な関係を多く築き、出来る限り多くの意見や状況に耳を傾け、先々のリスクを想定できる限りの能力で予測して対策を打つということが必要なのではと思います。

ですのでいくら名案を持っていても、人の協力をより多く得られる状況を作ることができなければ効果は薄れるはずです。

ということは不信任案などというやり方では、また新たな火種や対立の構図ができることになる可能性があります。相互に補完し、アドバイスできる対立関係にはなりえないと思います。

お互いに歩み寄って、相手の意見を聞いて、正しいと思えばそれを認めてあげる、
それにはケンカを売ってしまうと全部破壊されてしまいます。

対立しあって嫌っている相手の指示に心から従う人はいません。法律などの強制力を使って言うことを聞かせる、ということになってしまいます。

法律は絶対的なルールですが、それが先にあるのではなく、話し合いで解決できないギリギリのラインを超えたものを解決させるのが法律というルールなのではと感じています。

すでにその時点で、その名案?は効果のない案に変わってしまっています。
また話し合いで解決してしまえば、法改正の必要があっても簡単に出来るはずです。

いいアイディアも大切ですが、人間同士の友好関係や信頼関係を拡張するほうがよほど先決の問題だと思います。

商売でどうしても食い込みたい組織などに提案をするのに、事前にご紹介をいただいたり、潤滑にできるように根回しをすることがあります。
これは当然必要なことなのですが、相手はどう思うかというと、
「○○さんの紹介だから話を聞いてあげなくちゃいけないな」とか「○○さんの顔をつぶすわけにいかないからな」
と、いずれにしてもストレスになります。
とすると本当にその人たちが私を必要としているかということがひじょうにあいまいになってしまいます。
最終的には無理に契約してもらっても、いい関係にはなりにくくなってしまいます。
いい関係をつくるには、本当に必要でなければ、
「今は必要じゃないみたいですから、また必要な時やこちらでお役に立てると思われることがあったらお声をかけてください」
と言ってしまったほうが得策であるといわれています。
もちろん本当に必要なタイミングであれば、堂々と提案すればいいわけです。

無理やり紹介されて売りつけられた、というのが最悪です。
このような関係になるとほぼ間違いなく相手は心を開かなくなり、本当に必要な時もよそと契約してしまうことが多いと思います。

不信任案は相手を裁判で訴えるのとほぼ同じと考えます。
仮に成立しようがしまいが修復不可能な対立関係を生んでしまいます。

たとえは違いましたが、自分を最大限に活かしたいのなら相手を本当のところで思いやり、本当の友好関係を築くのが一番の近道ではないでしょうか。
そしてしがらみや立場に執着することが一番の遠回りになってしまうのではと考えます。

大体一般の大多数の国民にとっては何党であるか?などということはほとんど関係なく、実際に何をしてどういう結果を出したかだけが問題だと思っていると思います。
何党?とかに縛られている人はしがらみや立場に縛られて生活や仕事を組み立てている人なのかもしれません。
言い換えれば、しがらみが介在しても、その中で真の信頼を得ていればこわがる必要は少ないし、それで壊れる関係はもとからしがらみつながりだったということだと思います。

〜あまり儲かっていない自営業者のたわごと

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証券マン時代にひじょうに馴染みが深くなり、家にも近いうえ、元いた会社に今も妻がつとめている関係で荻窪は今でもよく立ち寄ります。
先週末も元勤めていて、今は妻の職場である会社の支店で歓送迎会がありました。
もう離れているのでめったに顔をだすこともなかったのですが、今回今でも親交がある元後輩が東北のはるか遠い支店に転勤になってしまったので会が終わるころを見計らって挨拶に寄りました。

仕事の帰りに荻窪で下車してその店の前に行くと、一次会を終えた社員たちが見せの外にたくさんいました。
まずはその後輩に挨拶しました。元気そうでしたが家族で引越すとかでかなり疲れている感じでした。
向こうでも頑張ってほしいと思います。

ついでにほかの人にも何人か挨拶しました。
今回異動してしまう支店長も実は私が元勤務していた池袋支店で一緒に働いていた方でした。
当時私は新宿支店にいたのですが、不景気などもあり廃店になってしまい、池袋に統合されて二店合併という形になりました。
新宿支店のほとんどと、元からの池袋のメンバー、さらに歩合外務員も何人かいて大所帯でした。

支店長は当時の次長でしたが、出世されて、今度は本店で部長職のようです。

また妻が働いている総務課の上司にも挨拶しました。女性の上司で会社でも有名な元気でバリバリの方と聞いていました。
実際ご挨拶してみたら、その通りでした。
ひとつ面白いと思ったのは以前に職場の写真か何かでその上司の女性の写真を見せられていて大体容姿を知っていたのですが、
お会いして話したときの声が、その写真を見て自然にイメージしていた声と全くビンゴでした。
人間の声ってある程度は顔や容姿とリンクしているのでしょうか。不思議です。

話は変わりますが、実はその数日前に全然別の用で荻窪に行ったときに当時働いていた時に足繁く通っていたスナックのママさんが亡くなったらしいという話を聞いていました。
ここのところ公私共にそのようなことがたくさんありましたが、勝手に厨房の中に入っても怒られないくらい馴染みだったのでひじょうにさみしい気持ちでいました。

最近はもっぱら荻窪では、ページを作らせてもらっている花屋というラーメン屋さんで一人で飲むか、打ち合わせで飲むかのどちらかということが多くなっています。
たまに前出のスナックに寄ることもあります。もう経営者がかわってしまっていますが、以前から慣れ親しんでいる中国人の女性がまだいるのと、相変わらず安くて歌い放題なのでストレスがたまると寄ることもあります。
今もお客が来ない日などもありどうやって運営しているのか不思議ですが、そんな日はずっとその人と話し込んでしまいます。

3月に行った時などは、夕方すぎの7時くらいから客は私だけで、結局12時の閉店までほかの客が来なくて貸切状態でした。
これで3千円くらいなので、安いですよね。長時間話し込んでしまうので私のことはほとんど知られてしまっています。
私も相手の人が、昔どこで働いていて、今どこに住んでいて、旦那さんがどうでとか、子供が小学生でどうだとかなどほとんど聞かされて知っている状態です。
何分の電車で帰るということまで知らされています。
カラオケの歌も全部把握されていて、最近は歌ったことがない歌を探すのはもうほとんど至難の業になっています。

以前働いていた時、その店にいた女の子ともそんな感じで仲良しの友達みたいでした。
もう働いていないし、時効かなと思うので書いてしまいますが、彼女が私のためにわざわざ焼酎のボトルを入れてくれて、自分は世間話用のマグカップを準備していて、ずっと世間話をしていました。
その娘も当時結婚していてだんなのことを「○○ちゃん」と呼んでいて、いつもひたすら「○○ちゃん」の話を聞かされていました。

しかし店をやめた後、「○○ちゃん」とは別れてしまい、ほかの店のお客さんと結婚したようです。
ところが最近聞いた情報では、その人ともだめになって、今はまたちがうお客さんと一緒になったそうです。

今はたまに花屋でそこの昔からの常連の人と会い、一緒に行くこともありますが、
いつまで店が続くのかわかりませんが、私にとっては数少ない癒しの場なので続いてほしいと願っています。

歓送迎会の様子をみていて思ったのですが、私は個人商売なのでそういう催しとはほぼ無縁になってしまいました。
少人数で飲むとか、忘年会なども提携している会社さんやお客さんなど商売がらみのところがほとんどです。

送別会なども当然なく、縁が切れるときは男女関係ではありませんが自然消滅か、けんか別れかどちらかです。

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中央競馬予想日記で触れましたが、新しい試みです。

「藁しべ長者」という昔話があります。
皆さんご存知だと思いますが、貧しい若者がある日、なんてことない藁を、ほかのものと交換して、それをさらにどんどん交換していくうちに大富豪にになってしまうという実際はありえないような話です。

このコーナーは不労所得を得て、楽をしたいということではなく、
競馬のWIN5やころがし、三連単で小さな資金をある程度の資金にして、もしそれなりの金額になったらまた株式などで運用したりして、どこまで夢が広がるような話にできるか、というようなコーナーです。

当然上記の馬券や金融商品の運用はプロでも難しい、深い研究が必要な世界です。
たまたま私が元証券マンだったり、趣味が中央競馬なので新規の投資は毎週1000円で挑戦してみようと思い、はじめることにしました。

1000円で金融商品は購入できませんので、まずは中央競馬の前述の馬券からスタートします。
宝くじよりは楽しめるかな、と個人的には思っています。
3種類の馬券に分けますが、相互に若干軸を変えることで、どれかが当たる確率を高くしてみたいと思います。

◆5/11分
★WIN5(300円)
・朱雀S
マルカベスト
・是政特別
スペシャルロード
・邁進特別
ヤマニングルノイユ
・栗東S
ワールドワイド
・ヴィクトリアマイル
オウケンサクラ、アパパネ、ブエナビスタ

★ころがし(300円)
・1戦目
東京9Rテレ玉杯
ギンザクィーンビーの単複(100,200)
・2戦目
東京11Rヴィクトリアマイル
アパパネからワイドでオウケンサクラ、ワイルドラズベリーに50%ずつ

★三連単(400円)
東京11Rヴィクトリアマイル
・オウケンサクラ1着付け、アパパネ、ブエナビスタ流し2点
・ワイルドラズベリー1着付け、アパパネ、ブエナビスタ流し2点

以上1000円。

◆2011年の成績
★5/15の購入金額・・1000円
★5/15までの購入金額・・1000円
★5/15の的中金額・・−円
★5/15現在の残金・・ー円

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はるか昔、学生時代に筒井康隆氏が書いた「俗物図鑑」という長編小説を読みました。
本来「タイムトラベラー」などSFものが主要な作品ですが、彼の持ち味は世の中を鋭い洞察力で観察して、人と全く違う視点で分析し、強烈なブラックユーモアで書いたショートショートのほうにあると感じていました。
それを長編化したようなものが表題の小説で、長いのですがあっという間に読みきってしまいました。

その中で彼の未来予想的なメディアの姿が、未来のテレビ番組の場面として書かれています。
詳しい内容は忘れましたが、ここではさまざまな評論家がでてきます。
当時は評論家といえば、「政治」「経済」「料理」など一般的な分野しか存在してなかったので、彼が作り出した評論家の分野は、
「こんなのあるわけないだろ」みたいな分野ばかりでしたが、風刺的で妄想的な小説としてはひじょうに楽しく読むことができました。

ところが20年以上経ってよくよく考えてみたら、現在テレビなどに出てくる評論家は、
「ラーメン評論家」「鉄道評論家」「駅弁評論家」「節約評論家」「収納評論家」・・・などなど数え切れない分野の評論家が出てきています。

筒井氏はまだご健在のようですが、この事態を当時予想していたのか、いないのか、いずれにしてもたいしたもんだと思います。

たしかに10年くらい前から、テレビチャンピオンなど、マニアックな素人がプロをはるかに超えるような知識を身につけ登場して世間を驚かせました。
一部はメディアで活躍、一部はネットなどで活躍しているようです。

私自身も調べ物などをする時に彼らのサイトを見ることも多く、大変重宝しています。

その反面メディア、特にテレビでは出所不明の評論家たちがあふれるように出てきているのも現実です。

最近は某FPの中年女性ではありませんが、どこから出てきたのかいつのまにかお茶の間の間に定着してしまった人たちも多くなっています。
先日テレビでその某FPのおばさまを見てて、かなり痛烈に自説を主張していたので、
「この人は昔どんな関係の商売をやっていたのかな?」と、
興味が出てきて調べてみたら、詳細はわかりませんがOLだったのが、ルポライター的な商売をやりたくて有名な方に師事していて、途中でFPに路線を切り替えたというふうに書いてありました。

評論家の中にはきれいな若い女性で明らかに「もしかしたら、容姿なども関係あるんだね・・」
というふうに感じる人もいます。

でも今や有名なあの「駅弁おばさん」みたいに、「そういうことはまずないな」(ごめんなさい)
という人もいます。
彼女は有名になるまでも、毎日駅弁を食べまくって、”駅弁評論家”をめざして頑張っていたのでしょうか。
もしかしたら「最初はこんなじゃなかったんだけど、駅弁評論家になるために毎日10個駅弁を食べていたらこんなになっちゃったのよ」(勝手な憶測です・も一度ごめんなさい)
ということかも知れませんが・・。
※ちなみ彼女は大酒飲みみたいで、テレビなどでもかなりおもしろいので個人的はかなりファンですのであしからず。

いずれにしても私が一番興味があるのは、
こういう人たちが評論する内容ではなくて、
彼らがどうやって世の中に出てきたのか?
どうやってどのようなルートでテレビ局の眼にとまるようなところまでのぼってきたのか?
という処世術のほうです。

そういう意味ではみんなたいしたもんだと思います。
ある意味、そういう人たちを集めて「どうやってその分野の評論家になったか」という全集本や番組をやってみても面白いかもしれませんね。

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以前長年証券会社で営業をしていましたが、私が入社したのはバブルが始まる寸前の1986年春でした。
入社以来3年半は株価は異常に上がり続きました。
当時個人の株取引は事実上非課税で、0・55%の売却時の取引税だけでした。(ただ同一銘柄を大量に保有すると当然配当に対する税がかかり、支払い調書が出てしまいましたが)
当然個人の株式投資資金には不穏な資金もかなり流入していたと思われます。

税務当局はそのような事態の改善と税収アップなどを狙ってか、株取引の利益に税をかけるために、段階的にいわゆる現在の申告分離に移行していきました。

問題は施行のタイミングでした。
というのも実際にその移行政策を実行しはじめたのは、いわゆるバブルがはじけて大暴落が始まった後でした。

そして完全に申告分離に移行が完了した前後で日本株は一旦当時の大底(最安値)を記録しました。

どんな的確な政策でも施行するタイミングを誤ったり、ずれたりすると意味がないどころか、無意味な足かせになってしまいます。
それからひととき大きく株価は戻しましたが、さまざまな要因で右肩上がりとは程遠い流れは続いています。

金融界は当時欧米とくらべ約20年くらい遅れているといわれていました。
さらにこれは多くの日本人の体質といわれていますが、他人と違うことを出来る人が少ない、とか、結果が出ないと施策を実行できないという風土がありこれが拍車をかけていたように思います。
一般論ですが金融のマーケットや相場ではこのような部分は著しく不利になるといわれています。
理由は簡単で、たとえば株は誰も見向きもしないつまりまだ結果も出ていない周りの人が誰も買っていないよう時期に安い値段で入手して、大半の人が注目したような結果が出て、周りの人が皆買っているような時期の高い値段で売ることが一番大きな利益を生むからです。
つまり早く先回りした者が明らかに有利になるわけです。
どんな優良な企業の株でも買うタイミングによっては大きな損害をこうむるわけです。
そしてなによりも日本市場が世界に解禁され、そんな日本の金融界の総合力の弱さを見透かされて、外人投資家にいいように振り回されてしまったというのが当時の印象です。
もちろん私もその末端の一員でしたが・・
つまり競争力の高い自動車や電機などの日本企業の強さ、世界的なレベルの有能な日本人科学者、器用でコツコツ頑張り高いパフォーマンスをつくった日本が誇るものづくりの数々の中小企業などとは完全に別物であるということを金融界は思い知らされました。
それは日本という国が優秀なのではなく、前述の彼ら自身が職業人として優秀であり、そして強い人間力だったのだということです。
そのあとはご存知の通り、星の数ほどあった金融機関はどんどん統合、縮小を続け、今はかなり凝縮してしまいました。

証券税制やバブルの問題はその象徴的な例で、器を超える、中身が形成されてしまうと、その中身自身がまた新たな大きな火種になったり、問題を引き起こしてしまい、結局当初考えていたよりはるかに大きな犠牲をはらうという結果になってしまう、ということが現実におこりました。

先日もふれましたが、テレビなどを通して今の震災やさまざまな状況を見ていて、ふと思いました。
もしかしたらすでに日本は現在の許容量を超える過剰な数の企業や事業、設備になってしまっているのでは、と・・
特に今回は人間にとってもっとも大事な尊い人命や、健康、食料、生活、そして自然の脅威などという根源的な問題もかかえています。
金融などという一業界の話ではありません。

今当たり前と思っていることを、大きく状況が変わった今、先を読んですべて見直してみる、
ということも必要なのかもしれない、と感じました。
当然自分自身もその一人ですが・・
結果がでてから対応しても手遅れになりますし、

今の器に、すべて入りきるのか?、入りそうならそれでよし。
もし入らないなら今の入れ物の大きさを正確に知り、
思い切って今の器にはいる量に一回縮小できるものはしてしまう。
あふれ出してしまえば、それは共倒れになることです。
そのうえで将来的に入れ物を大きくするにはどうしたらいいのか?
を真剣に考え、実行する。

リーダーにはそんな先読みの力と勇気と早い決断が求められているように思います。
さらに早急な復興対策や緊急な災害対策も求められているわけですから、相当大変ですね。

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このたび新たに平泉と小笠原がユネスコ世界遺産に登録されることになりそうです。
特に平泉は以前から有力候補といわれながら落選してきたので、悲願だったはずです。

また今回直接甚大な被害はなかった地区ですが、震災で甚大な被害を受けた岩手県にとっては、明るいニュースになったはずです。

ここで素朴な疑問なのですが、特に内容が変わったわけではないのに、今まで落選で、今回通るというのは、選出にほかの大きな要因があるのかな?と思いました。
選出基準など詳しく知りませんので言明は避けますが、逆に今まで落とされていたのはなぜ?
というふうにも思いました。

いまや世界全体でいえることですが、世界遺産に登録されるということは、観光的な観点ではセーフティーゾーンに等しいくらいの成功です。
ということはそれにより計り知れない経済効果がもたらされます。

今回、被災地地域内の平泉が登録というのは、ひじょうに喜ばしいことだと思っていますが、
全般的な流れに関してはこんなふうにも思います。

新しく発見されたり判明した話以外に、毎年どんどん登録が増えていること自体不思議な話です。
以前から公開されている資料で判断しているので、その価値はすでに以前から理解されているはずですから・・。

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スモールさんの記事にもありましたが、先日K首相から突然浜岡原発の運転停止要請のニュースが流れました。
それにともない東海地震が30年以内に87%の確率で起こる、という研究機関のデータが公表されました。
それ自体は先のことはだれもわからないわけで、しょうがないことなのかもしれないと思いました。

とすると、
ほかにもさまざまな問題が起こる可能性があります。
たとえば三重県から和歌山県にかけてや伊豆半島のリアス式海岸や伊勢湾岸や三河湾岸の津波対策は大丈夫か?
今回これだけの津波被害がおきたのですから、こちらも早急な対策が必要なのではと感じますが・・
また石油コンビナートは?ビルのガラス対策は?
さらにこのようなデータを発表してしまうこと自体が地域経済に与えるダメージに対する対策はどうなるのでしょうか?

もし本当に大規模な東海地震が起こってしまったら、原発はもちろん、
東海地区や周辺に甚大な被害が生じ、新幹線や高速は分断、工場や燃料、資材の製造、輸送の大半は麻痺状態と日本経済に致命的なダメージが生まれる可能性があると思っています。
特にしばらくは東日本大震災の復興もままならない状態ですから、それもあわせて考えると計り知れない損失になるはずです。

そして今回の地震に誘発されると予想されている広い意味での巨大余震の確率も相当な確率のようなので、そちらのほうは?
というふうにも感じます。

警戒をすればきりがないのですが、実際にここ20年で起こった大地震はすべて予見されないでおきてしまっているわけで、日本全国に対策を打ったほうがいいのではと思っています。
世界的にもそうなのでしょうが、実際に今の科学では大地震は事前に予見できないに近いという現実があるのですから、
ここは大丈夫とか、ここは大丈夫でないとかを選択するより、一刻も早く対策に着手するほうが先の様な気がします。

今ならマニュフェスト通りか?だの、子供手当てはどうした?などといわれることもなく、
政策を転換できるタイミングでもあるし、あの日を境に日本は本当に切迫した状況になっているのですから、
いますぐ、ほかの災害対策も実施されてもと感じます。

地震予知に関しても、今の科学では事前の予見には限界があることがわかっているわけですから、先日書いた話ではありませんが、動物の行動や自然事象などもふくめあらゆるデータを蓄積して、風評やデマ、パニックが起きない程度に公表するべきではと思っています。

正直今回の発表も、世界や世間から騒がれているから、対応をしたという印象をぬぐえません。
しかも与える影響に対する配慮も感じないほど突発的で、もしそんなに緊急性があるのなら前述の対策も今すぐ必要なはずではと感じてしまいました。

まあ当事者としてはあらゆることを配慮して、決断を求められているわけで大変な状況ではあるのかもしれませんね。

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以前将棋の米長邦夫氏の本で、将棋というのは失敗をしてしまい、そこをつけ込まれて勝負が決まる、というようなことが書いてありました。
もちろん私は将棋は詳しくありませんし、将棋はそんな部分だけではないと思います。
また将棋について語るというつもりはありません。

ただ間違った手順をふんでしまうと、そこからリズムもくずれ、取り返しのつかない流れをつくってしまうのも事実かもしれません。
特にプロフェッショナルの戦いだと、皆の力差はわずかでほんの少しのミスも致命的な原因をつくってしまうのではと考えます。

これはほか多くのことにもいえることではないかとも思います。
たとえばスポーツ、私は野球をやっていましたが(もちろんアマチュアのヘボ野球ですが・・)、
野球も、事実上ピッチャーが完璧であれば、キャッチャー、いや完全におさえこんでしまえば、キャッチャーさえも要らなくなります。
まあ振り逃げという手がありますが・・、これを度外視すればの話です。

つまりピッチャーのミスにつけ込んで、バッターが打ち、守備のミスにつけ込んで点を奪う、
大雑把にいえば、いわばそんなスポーツで、実際はピッチャーとバッターのゲームなのかもしれません。

少し乱暴な意見ですし、別にこれが真理だとは思いませんが、こんな考え方もできるのではという程度です。
そしてそのほうがシンプルでわかりやすい部分もあります。

スポーツに限らず、普段私たちが行っているセールス(いわゆる営業)というのも、考えようによっては全く同じように考えることができます。
10年くらい前に、つとめていた会社をやめて、次の会社で営業の研修を受けた時のマニュアルで今も印象に残っている部分があります。
これは某外資系で営業力には定評のある会社のマニュアルを参考に、業界ではほぼ全般に出回っている資料なのですが、
「お客さんに嫌われてしまったら、ここで終わり、あなたの負けです」
まったく当たり前のことですが、たった一行の文でした。

このマニュアルでは、お客さんを紹介してもらい、仲良くなって、話を聞いてもらう過程まで事細かに親切な、指導が書いてあります。
もちろんお客さんも、営業マンも人それぞれなので、一般的な流れを解説しています。
いずれにしても相手がこちらを信用してくれて自分の気持ちや要望を相談してくれて、こちらの話を聞いてもらうに至るまでは気の遠くなるような時間と努力が必要になることが一般的な常識といわれています。

ところが前述のようになると、今までの努力が一気に水の泡になってしまうということが書かれています。

「失敗をおそれるな!」「失敗を財産に人は大きくなる」とか「会社での評価は減点法ではなく、加点法で」
などといわれていて、私も同様に思いますが、
現実は、
もちろん種類や質にもよりますが、失敗は仕事においても、限りなく敗戦を意味するものなのかもしれません。

先ほどのフレーズは言い換えれば、
「過去の失敗を、未来に無駄にしないために、二度と同じ失敗をしないように学べ、逆に失敗をしなければこうすると失敗するということに気づかないのだ」
という感じでしょうか。

将棋でも、スポーツでも、仕事でも共通して流れているのは、
失敗をするというのは、実は他人は関係ない話が多く、自分の力でどうにでもなる部分がほとんどだと思われます。
ということは、一見何事も他人と戦って勝たなければ上に上がれないように考えがちですが、自分との戦い以外は必要がないということになります。

他人と戦っていくと、他人の失敗を望んでしまったり、挙句の果てには他人に勝つことが人生のゴールに見えてしまうようになってしまいがちですが、
正誤はともかく、このように考えると、ひじょうにスッキリした気分になれました。

今流にいうと失敗=敗戦というと、=ネガティブな考え、みたいに思えてしまいますが、意外に何事にも共通した原理原則なのかもしれませんね。

でもこのこと自体がシンプルですが、きわめて難しいハードルであり、一生の間にクリアできるか、というような課題に思えます。

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これは有名な話ですが、スマトラ沖地震の後、インド洋対岸のスリランカではゾウや水牛などがいっせいに高台に向かって駆け出したそうです。
動物は地震や津波を事前に予知して異常行動(というか避難行動だと思いますが)をとるといわれています。

それでは私たち人間はどうなのでしょうか?

人によっては霊感が鋭く、何かあるときに事前に察知した話はネットなどでも多々報告されています。
ただ実際に地震などの前にそれが大きく取り上げられたことは、今まではあまり見かけませんでした。

今回私は福島県いわき市で東日本大震災に遭遇してしまいました。
なぜいわき市に行くことになったかというと、私が運営・管理しているサイトやホームページの打ち合わせがあったのですが、今回はかなり変則的な要因がありました。

というのも某NPO法人さんに私のサイトをプレゼンして、それを現地の業者さんでご要望のある方にご紹介するということも目的のひとつでした。
そのプレゼンというのは地震の前日3/10の夜に行われました。

プレゼンの時に、
「明日いわきの掲載者様に○○法人様のご紹介もかねて訪問します」
と付け加えて、話しました。そしてだれに言われたわけではないのですが、
「地震が少し心配ですが・・」
とさらに付け加えました。
聞いている方たちは、「?」
少しきょとんとしていました。

たしかに2日ほど前に三陸沖で震度5の地震があり、津波注意報などが出たりして、その後も若干余震があったりしていましたが、特にけが人が出たりもせず、大きな津波もありませんでした。

その後は比較的平穏で、地震のことを気にしているような雰囲気はありませんでした。
私自身もそんなことはあまり気にしていなくて、どうやって向こうで話をしようかとそのことで頭が一杯でした。

ところがなぜか発表中に意に反して、そんなことを言ってしまったというのが本当のところです。
大体明日いわきに行くことなど、聞いている人たちにはどうでもいいことで、なぜ初対面の人にいちいち自分の細かいスケジュールを話してしまったのかも今考えてもよくわかりません。

今の話は予知などというおおげさな話ではないかもしれませんが、この関係の話でもうひとつ不思議な話があります。

私のサイトでは、現地の人にご紹介いただいて、東京・新橋にあるいわき市のアンテナショップのご案内ページを作らせていただいていましたが、
昨今の事業仕訳などの関係でしょうか、今年の春に閉店してしまいました。
実はその閉店日がなんと3/11だったのです。
これもたまたまの話だとは思うのですが、お店の方の話では当初は3月末日まで営業予定になっていたそうです。

それが後に入るお店の都合などの関係で早まったそうです。
そしてなぜか3/11に閉店のはこびとなったそうです。
だれが何の理由でこの日にしたのか?
ほとんど偶然の話だとは思いますが、地震がおきてみて少し気味が悪くなりました。

私は霊感者ではありませんし、強烈な予知体験などがあるわけではありませんが、過去にも多少、少し薄気味悪くなる体験があります。

前にもブログに書いたことがあるので、だぶって読んだ方はご容赦ください。

ひとつは、1985年大学生で就職活動をしていた夏のこと、
8月の上旬に就職が決まり、大阪の祖父母になぜか急に報告しに行こうと思い立ちました。
それが8月12日の夕方です。

もう夕方なので、新幹線で行くとかなり遅い時間になってしまいます。
飛行機は?
でも時期はお盆時期で今から席をとるのは不可能でした。

しょうがなく新幹線で大阪に出発、たしか18時半くらいに東京をでたと記憶しています。
いつもならそのまま大阪まで一本で行くのに、なぜかその日は突発的に急に思い立って出たので、名古屋で途中降車して、駅から東京の親と向かっている先に電話しました。

すると母親が。
「えっ?大阪に向かってるの?」
「そうだよ」
「今、大阪行きの日航機が行方不明になって大変なことになってるよ」
と言いました。

それまでの経緯を考えたら、こちらのほうがよほどびっくりしました。

なんでこんなタイミングなんだろう?
そもそもなぜ急に行こうと思ったんだろう?
急ぐ用事などなにもありませんでした。

大体なぜ名古屋で降りてまで電話したのか、一時間もすれば大阪につくのでそこで電話すればよかったのですが、
今考えても、なぜそんな行動をとったのかくわしく思い出せません。
一つ目はそんな話です。

あともうひとつは、
これもかなり前ですが、
東京で春なのに大雪が降って、ひじょうに湿った雪がかなり積もったことがあります。

そのときたまたま出かけていた私は、当時の自宅、京王線の中河原駅から家に向かって歩いていました。
普通に歩道をあるいていたのですが、
ふと急に車道のほうに出て歩き始めました。

道はかなりビシャビシャでどちらかというと歩道のほうがあるきやすかったのではと記憶しています。

車道を歩き始めて、数秒くらいしたときでしょうか、
突然、「ドサッ、ドサッ」
と大きな音がしました。
ビックリして見てみると、
「ドーンッ」
とすごい轟音とともに歩道の上に、雪の重みに耐えられなくなった電線がそのまま落下してきました。

そのまま歩道を歩いていたらどういうことになったのか、と今考えても寒気がします。

これが二つ目の経験です。

皆さんの中にもいろいろとこのような体験をお持ちの方もいらっしゃると思います。

人間も動物で、太古の時代から、進化しながらも自然と戦って生きてきました。
当然遺伝子にもそのような記憶がインプットされていると思われます。

動物の異常行動だけでなく、冷静さを欠いて無意味に不安をあおらないという前提で考えれば、人間の感じた情報というのももしかしたら参考になるものがあるかもしれないと思います。
特に無意識にとってしまった行動や言動などは、意外に何かを感じ取って防衛的に表現されたものかもしれないと思っています。

そういう研究がすすんで何か防災などに役立つ日がくればという気持ちです。

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