サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

当ブログは2018年3月よりURLが、
http://blog.livedoor.jp/chikao1216/
から
http://burauda.blog.jp/
に変わりました。サブドメインのため旧URLでアクセスしてもリダイレクトしてアクセスできます。
また名前も「サイト運営者日記・ぶらぶらうだうだ」に変わりました。

内容は「時代文化ネット」制作者が運営する日記で特にテーマはありません。
日常のサイト活動などにおいて見聞きした内容や、現在の社会や自身の生活などを通して感じたことなどをそのまま記載する形にこのたびリニューアルしました。
現在の掲載記事は以前の「穴狙い千ちゃん〜」「ちかお日記」に掲載されている記事をそのまま残してあります。
旧記事は「改修前」のカテゴリになっていて、「人気」???と記載があるのは人気があるかどうかは知りませんが、自分でまあまあ気に入っていた記事です。

2010年06月

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鉄道 に参加中!

今回は変り種の鉄道写真です。写真はいずれも本人の撮影です。
1修学旅行用電車167系
167系修学旅行用電車写真
これはかなり昔に東京駅で撮影した167系電車です。
すごい昔の話になりますが、修学旅行用電車というのがありました。
新幹線が開通して、東京や京都に行くのには新幹線が使われるようになりましたが、他の路線ではその後も使われていたようです。

写真のように、見た目は急行型のスタイルで、塗装が独特の色に塗装されていました。
車内はボックス席の向かい合う間にひとつずつ、固定型のテーブルが常備されていました。

私が子供の頃に見た乗り物図鑑にはまだ一般的に使用されている車両として、乗っていて
代表的な愛称として「ひので」号という愛称がついていたのを憶えています。

その後このような列車は衰退して自然に消滅していったようです。
写真の列車は、一般急行で臨時運転の「おくいず号」だったと思います。
当時は余剰になった車両を臨時列車などの運用にまわしていたようです。
時刻表では普通の急行型とこのような車両を見分ける大きなポイントがありました。
それは167系の場合は当然の話ですが、グリーン車を連結していなかったからです。

またこの警戒色のような色分けの塗装は一部に上越線や信越線の高崎以遠の旧型国電(70系)の普通列車にも採用されしばらく見ることが出来ました。
雪の多い地域なので有効だったのでは、と思います。
私も何度か高崎以遠(高崎乗換え)に普通列車で行った事がありましたが、この色の塗装の普通列車に乗ったことがあります。

話が飛んでしまいましたが、この167系車両は内装や、塗装が改装されてその後も臨時列車などで使われていたようですが、すべて廃車になったようです。

2西武山口線のおとぎ電車
西武山口線おとぎ電車写真
いま西武球場と西武園の間に新交通システムのような列車が走っていますが、
この区間は西武球場が出来る前はユネスコ村というテーマパークがあったこともあり、西武山口線という路線が走っていました。

ユネスコ村、多摩湖。狭山湖。西武園など当時の西武では豊島園と並ぶ一大観光ゾーンだったわけです。

路線といっても狭い線路にかわいい電車が走っていました。さらに前はSLが走っていた時期もあったようです。
でも遊園地の列車とは違い、何キロもある路線でたしか20分くらいかけて走っていた感じだったと思います。

またおとぎ電車とはいえ、写真のようにちゃんとした機関車がかわいい客車を何両か引いて運転されていました。

経営不振で一時期廃止になった後、西武球場によってまた人が集まるようになり今の形で復活したようです。

3近鉄内部線
近鉄内部線釣掛車両写真
名古屋から近鉄の急行で30分くらいで四日市に着きます。
四日市は大きな町で、近鉄のホームも立派な高架ホームですが、
まったく違う場所から発着している内部・八王子線という線があります。

この線は日本の鉄道の中でもひじょうに珍しい線路幅が70センチくらいかない路線です。
昔はたしか狭軌とかナローゲージとか言っていたと思います。
またこの線は、現在の状況はわかりませんが、平成になった後もこれも路面電車以外では全国で数少なくなった、旧型モーターいわゆる「釣掛駆動」式電車が走っている線区でもありました。

このような線区は最近までたくさんありましたが、私の知るところでは、通常の定期運用をしている線区では、
銚子電鉄(昨年末置き換え?)、三岐鉄道・遠州鉄道・琴電・大井川鉄道・叡山電車(定期運用からほぼ離脱)、箱根登山(カルダン化)、東武野田線・小泉線・名鉄瀬戸線(いずれも数年前までに新性能化)、
などほとんど消滅してしまいました。

今もこの線で写真の車両が走っているかどうかはわかりませんが、もし走っていたら貴重な線区であると思っています。

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2010年南アフリカワールドカップ に参加中!

ワールドカップが開幕しました。
ところが私はあまりサッカーには関心が少なく、テレビ番組が変わってしまい少し残念に思っています。
といっても、最近はニュースなどでいろいろ報道され、前よりは関心も大きくなり、多少は事情はわかってきました。

ワールドカップが皆の間で一般的に注目され始めたのはいつ頃からだったのか考えてみました。

年がばれますが、たしか高校に進学した後にアルゼンチンで開催された大会からだと記憶しています。
当時は男子高校生でも殆どの人はその存在すら知らない状態だったのですが、一部のサッカー部の人が大騒ぎしていてだんだん盛り上がったという感じだったと思います。

その大会は開催国のアルゼンチンが優勝、準優勝はオランダだったと思います。

それからしばらくはその熱もさめていましたが、会社に入った頃に実業団サッカー(いわゆる当時の日本リーグ)をプロリーグにという動きが出始めて、
Jリーグが発足して今に至るという印象です。

会社に入った頃、学校の保健の先生をしていた女友達がいて、
ある日車に乗っていて「どこに行こうか」などと話していたら
「今日はサッカーの試合の券があるから試合を見に行こう」といわれ当時まだ実業団だった試合を観に、車で西が丘サッカー場というところまで行った事があります。

彼女が何でその券を入手したかは憶えていませんが、
閑古鳥が鳴いているスタンドで、一部の応援団だけがドンドン、パチパチという感じできわめて退屈だったのを憶えています。

私が実際にサッカーの試合を観戦したのは後にも先にもその試合だけです。

こんなネガティブなブログをこのタイミングで書くと熱狂的なファンに怒られそうですが、
今は私も出場するからには、日本も少しでも上位に、と思っている通常のレベルの一人です。

日本が出場するようになってからは、ワールドカップもそこそこは見るようになりました。

今までのテレビ観戦ですごいなこれは!と感じたのは、たしか前回の大会でスペインがどこかのチーム相手に試合した時にちょっとした相手の隙を突いて、
縦にパスをつないであっという間にゴールしたシーンです。
神業のように感じました。

日本は前々回に結局、ベスト16でトルコに敗戦しましたが、今回はどうなんでしょうか?
頑張ってほしいと思っています

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見たまま・感じたまま・ありのまま日記 に参加中!

生粋のどこ育ちでもない私が言うのもひじょうに気が引けるのですが、最近方言、特に大阪弁(関西弁)が巷では広がり出してきている感があります。
メディアのお笑いタレントの影響が多いのだとは思いますが、よくよく見れば皆人間的魅力にあふれた人も多く、もっともだとは思います。

「めっちゃ」とか全国的な言葉になりつつあるように感じますが、私が極めつけの大阪弁と思っているのは、「ばば」です。
どういう意味かって?
大方の人はご存知だと思いますが、例えば、
「ばば、しとったで」「ばば、ふみよったわ」とか・・、もうおわかりですよね。

これほど、適格にイメージできる言い回しがあるのかと思うほど、すごいピッタリの表現だと思っています。
最初に言ったのは誰で、何で生まれたのか・・。
簡単に想像できますが、でもこの二文字に集約したということに敬意すら感じています。

これ以上こんな話をしていると、炎上してしまうのでやめておきます。
というか、炎上するようなアクセスはありませんが・・。

さてほかにも私の知るところで、地方によって、いろいろ日常的に使われる表現があります。

たとえば、金沢(北陸は全部そうらしいですが)では。言葉のはしばしに「なあーん」という表現を入れます。
意味は色々あるみたいですが、
「なあーん、大丈夫や」というような感じです。

その微妙な使い方が違うとすぐ化けの皮がはがれるのも方言の特徴で、難しい側面もあります。
本当に使っている人はそれが、特に子供の頃は、本当に全国共通語だと信じて使っている状態でないと、自然には使えないものだと思います。

どこのやからかわからない私のような人間でも、わずかにかそういう言葉はあったのですが、
ほとんどそのようなカルチャーショックを経験したことはありません。

昔書きましたが、そのわずかなものとは、
じゃんけんを「あい、けん、えし」(埼玉県のごく一部と思われます)
豚汁を「メッタ汁」(北陸で親の影響です)
くらいです。どちらも日本中そういうふうに言っていると、指摘を受けるまで信じていました。

今、ご当地グルメ同様、方言がみなおされつつあるのって、逆の反動なのかもしれませんね。

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独立・起業 に参加中!

大げさですがここのところ急に大きな人生の岐路?に立たされたと思われる状況になってきました。
身の回りもそうですが、公私ともにという感じです。
もしかしたら以前からずっとそうだったのに、単に気付かなかっただけかもしれないのですが・・。

といっても急に仕事を変えることになったとかということはなくて、多分ずっと変わらないし、変える気はないのですが。

まわりの環境が色々変わって、対応せざるを得なくなっしまった、という感じです。

もちろん自分で選んだ道なので、特に大変、とか苦労などとは思わないのですが、いろいろと即断で決断して、行動をしなければならなくなっているのも事実です。

それはそれで、自分の出来る限りの力で行動して、もちろん相手のある話なので社会が適切にいろいろ判断してくれると考えています。

ただしばらくはくつろぎのひととき、などというわけにはいかず、土日休日365日24時間営業というところでしょうか?
なんてあまりカッコイイ風呂敷は広げないでコツコツ今までどおりに積み上げるしかないのですが。

といいながらこんなブログを書いている休憩時間でした。

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見たまま・感じたまま・ありのまま日記 に参加中!

介護タクシーというものがあるのを、知っている方も結構多いと思います。
でもどういう車両で、どういうふうな仕組みになっているのか、ということを詳しく知っている方は意外に少ないのではないかと思います。
私も長年身近にそのような状態の人がいたのですが、実際に利用したケースはずっとなくて、最近になり利用せざるを得なくなり初めてその仕組みを知りました。

人はある部分が少し退化するだけで、劇的にというと言いすぎですが、何も出来ない状態になってしまいます。
車の乗降、トイレで用を足すなどはご本人にとって特に大きなストレスになってしまいます。

それは、車椅子から地力で立ち上がることが出来るかどうかです。
それができると、多少窮屈ですが普通の乗用車に乗ることが出来ます。

ところが前述のことができなくなると、自動車のせまい入り口から座席に座り込むことだけの動作でも、人の介助をかりても相当な時間とストレスを伴う状態になってしまいます。
それでは自動車の入り口を広くすればいいのでは、と考えますが、引き戸式のワゴンなど入り口の広い自動車は今度は段差が大きく、いずれにしても乗車は難しくなっています。

逆にそのような状態の人が気楽に乗り込める状態の車が出来ると、今度は乗っていて急ブレーキなど少しのトラブルでも大きなリスクが生じるのではと思います。
シートベルトをしていても、自分で立ち上がれない状態だと当然急な変化には対応できません。

前置きが長くなりましたが、介護タクシーというのは実にシンプルな仕組みになっています。
スロープを使って車椅子ごとワゴン車の中に乗ってしまい、中で車椅子を固定してしまうという方法をとります。

この程度の仕組みで乗り込みの面倒が簡単に解消して、かなりの安全も得られます。

今、買物が出来ない地方の高齢や体にハンデのある方のためにいろいろなサービスが始まるなどさまざまな新しい事業が始まっています。

この介護タクシーの普及や、このような車両の一般への販売(もちろん運転者を登録制にして一定の技術訓練が必要だと思われますが・・)なども今後大きく前進してほしいものだと思っています。
またトイレの改善なども急速に進んでいますが、早く画期的なアイデアが出ればと願っています。

今日は少しまじめに社会問題について考えてみました。

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政治・選挙3 に参加中!

菅直人新首相が誕生しました。
私は政治の専門ではないので、良し悪しや、好き嫌いをここで語る気はありませんが、ウィキペディアでいろいろ見ていたら、何点か気づいたことがありました。

まず皆周知のことですが、彼は二世議員ではないということです。
さらに高校時代に山口県から三鷹に引越してきて、都立小山台高校出身だそうです。
三鷹は多摩地区なのですが、編入なので小山台に行ったようです。大学はなんと東工大みたいで、秀才さんです。

面白いのは、弁理士の試験に受かっているということ、しかも三回目の挑戦で。
そして自信でもマージャンの自動点数計算機なるものを発明して特許を取得しているということです。
実はかなり変わった経歴ですよね。

政界にも4度目の挑戦でやっと議員になれたみたいです。

またねこ好きで拾ったねこを飼っているとのことで、これも変わっています。

年齢とかそういうものを取り沙汰する風潮ですが、自分のことを弁護して言うわけではありませんが、それは一般論であり、その人物がどうなのかを正視することも大事だと思います。

これだけ並べましたが、実は超地元の選挙区の方であるのに、私自身はまったく支持者ではありませんでした。
でもこの経歴を見ていたら、結構興味がでてきました。
これからどうなるのかな?

そういえば菅直人さんって、俳優の村野武範さん(ドラマ「飛び出せ青春」の先生役・・古すぎ?)に少し似ているなあ、と思っているのは私だけでしょうか?

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競馬@全般 に参加中!

安田記念はそこそこ穴人気ではあったが、後藤浩樹騎手鞍上のショウワモダンが快勝しました。
もちろん馬券は大ハズレ、かすりもしませんでした。

井崎修五郎さんのように、レースが終わってしばらくして、「ああ〜、そうかっ」と思ってしまいました。

後藤騎手は新婚ホヤホヤでした。いわゆる結婚祝いですね。
また馬券売り出し開始直後、ショウワモダンの単勝オッズだけが3〜4倍台まで売れていました。異常投票もありました。

いずれにしても完敗です。

スモールさんいいとこついていましたね。

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鉄道 に参加中!

今レトロな駅舎が注目されています。
NHK衛星放送でも全国の木造駅舎を訪ねる番組が定期的に放送されています。

ここでは、今は改築されてしまった、あの駅のレトロ駅舎の写真をご紹介します。
基本的に駅舎が偶然写っていたものもありますので、ご了承下さい。
国立駅旧駅舎写真
★中央線国立駅
少し前にこのブログでも書きましたが、中央線高架化にともない、いったん取り壊され、復元予定だそうですが財政難もありどうなるかわからない状況のようです。
軽井沢駅旧駅舎写真
★信越線軽井沢駅
民話の取材の時の集合写真を偶然駅舎をバックに撮ったものです。
他の写真も共通ですが、本人以外はプライバシー保護のために加工してあります。
昭和59年のものです。当時は信越線の駅でしたが、今はしなの鉄道および北陸新幹線の駅です。
函館駅旧駅舎写真
★函館駅
これは旧駅舎が改築される前年くらいの頃の写真です。
鎌倉駅旧駅舎写真
★鎌倉駅
前代の駅舎で、今の駅舎もこの形に似ています。旧駅舎の時計は保存されているそうです。昭和53年頃です。

老朽化やメインテナンス、トイレなど衛生の問題などたくさんのハードルもありますが、門司港や日光など観光資源として活用している例もあり、文化財的な価値も大きいそうですから、今残っているレトロ駅舎も何とか残ってほしいと願っています。

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見たまま・感じたまま・ありのまま日記 に参加中!

今日は仕事で浅草に行きました。
浅草といえば、「東京スカイツリー」です。建設中ですが・・
浅草からの東京スカイツリー写真
写真は東武伊勢崎線の鉄橋のバックに見える、スカイツリーです。
一般的には吾妻橋からアサヒビールと一緒に見える、スカイツリーが有名のようです。
そちらの写真も撮りました。
浅草仲見世人形焼の三鳩堂写真

下の写真は仲見世通りです。
三鳩堂で人形焼を買いました。

夜は荻窪で知人と中華料理の花屋で食事をしました。

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鉄道 に参加中!
c53d50bd.jpg
上野駅に到着する急行八甲田号の写真
前回の客車普通列車で、思い出したのですが、北海道に行ったときに昭和58年に網走ー北浜間の普通列車と多分平成5年くらいにやはり北海道で快速ですが、「海峡号」に乗ったのを思い出しました。大したことではありませんが・・
さて今回は風前のともしびになった、急行列車についてです。
今、JRで現役で定期運用で走っている急行列車は、札幌ー青森間の「はまなす号」と大阪ー新潟間の「きたぐに号」だけということです。
ともに夜行列車ですが、いずれは淘汰される運命かな、と感じています。
写真は上が東京駅に到着した大阪からの銀河号(当時は20系でヘッドマークなし)、下が上野に到着した青森からの八甲田号(旧型客車編成)でともに本人撮影です。

昔鮎川哲也氏の推理小説に「急行出雲」というのがありました。話は忘れましたが、かなり昔は東京駅からでも個性豊かな急行列車が数多く発着していました。行き先別に愛称が違っていて、それぞれがその地方出身者の思いが詰まっている、というくらい地域とも密着していたようです。
編成も長く、バラエティに富んだ車両を連結していました。
私が子供の頃に見た時刻表で憶えている範囲でいえば(間違いがあったらすみません)、
近距離では、静岡行東海号(ごてんば号併結)、伊豆方面行きは伊豆号(全車指定席)とおくいず号(自由席中心)
遠距離では、大阪行銀河1号および紀伊号(併結で紀伊勝浦行)、銀河2号、浜田行出雲号、宇野行瀬戸号
出雲や瀬戸は47年くらいに特急になってしまいましたが、急行時代は食堂車まで連結している列車でした。
そして極めつけは桜島・高千穂号です。旧型の10系中心の客車編成でどちらも西鹿児島行(鹿児島線・日豊線経由)でした。
この列車はグリーン車以外はすべて普通車自由席で長大編成でしたが、東京を10時くらいに出発、終点には桜島が翌日の11時くらい、高千穂はなんと翌日の14時くらいだったのでは、と思います。もちろん日本一の長距離急行でした。
実際に乗ることは出来ませんでしたが、東京ー大阪間はどちらも朝出の夕方着で、利用できる時間帯だったので一度は乗ってみたいと思っていました。

新幹線と併行しているこの区間でさえ、これくらいの種類が走っていたので、他の地域はまさに急行天国という感じでした。
いつの頃からか、特急が発達して、快速とのコンビで全国にネットワークが出来始め、急行列車はどんどんと衰退していきました。
またまた私事ですが、乗ったことのある急行列車を思い出せる範囲で出来るかぎり書いてみます。順不同です。

まずは北から、
★サロベツ号・稚内ー旭川間
もしかしたら礼文号かもしれません。昭和60年の冬に北海道の友人と車で流氷を見に行き、稚内で皆と別れ先に帰るために乗車。とにかく窓の外は雪原が続き退屈だったのを憶えています。
★利尻号(臨時)・旭川ー稚内間
昭和58年夏に友人と北海道をまわったとき、旭川から定期の利尻に乗れず、臨時に詰め込まれました。夜行列車なのに近郊型のデッキのない古びたディゼルカーでしかも座れず、床で一晩すごしました。
★大雪号・札幌→網走、網走→旭川間
どちらも夜行でたしか14系座席車でした。同上の昭和58年夏に宿代わりに2回利用しました。帰りは混んでいて座れず、やはりデッキにしゃがんで寝ました。
★十和田1号上野ー青森間
これも昭和58年夏の北海道行で往きに利用。12系客車でした。当時約12時間近くかかったのを憶えています。さすがに座れたのでよかったです。
★くりこま号(青森ー仙台間)およびときわ号(仙台ー上野間)
同上の北海道の帰り、以前書きましたが台風直撃の関係でやっと動いた青函連絡船で明け方に青森に着き、そこから急行を乗り継いで東京に戻りました。朝一で出て、上野に18時くらい着でした。455系でした。
★はまなす号札幌ー青森間
平成8年に北海道に行った時に寝台車を利用。今やカーペットカーなどで人気列車ですが、当時は寝台と座席のみでした。車内もガラガラでした。
★ゆけむり号上野ー水上間
これは何度か乗りました。関東の人にはなじみのある列車でしたが、いつも混んでいるのが難点でした。
★信州号上野ー篠ノ井間、長野ー軽井沢間
昭和58年民話の調査のために長野に行った時に利用。
★アルプス号新宿ー松本・白馬間ほか多数
こちらも昭和57年(大町方面)と昭和59年(塩尻・木曽方面)に同じ民話の調査のときに利用。以後多摩地区に住んでからはいつもなじみのある列車でした。また昭和63年冬にスキーに行く時に仕事の関係で後から行ったので夜行のアルプスで白馬まで行きました。このときはもう夜行のみの運用で特急型車両でした。
★よねやま号越後湯沢ー大宮間
昭和60年冬、苗場にスキーに行ったときに先に帰ることになり利用。急行券を買わないまま乗っていましたが、熊谷を過ぎて検札が来てしまいました。
★伊豆号東京ー伊豆熱川間
伊豆旅行で利用。
★内房号両国ー館山間
昭和54〜55年頃に乗車。たしか当時野球部に入っていて、なかなか休みがなくて一日ぽっかり休日が出来たので、理由もなく乗りに行ったおぼえがあります。帰りは浜金谷からフェリーに乗りましたが、この日は波が荒く、私が乗った便の後は欠航になってしまったと思います。船の売店の女の子が船酔いになってしまい、ぐたぐたになっていたのをおぼえています。
★立山号福井ー京都間
昭和53年に友人と北陸に行き、福井の待合室で野宿しようとしていたら、家出と間違われ警察に連れて行かれ、とにかく列車に乗れ、ということになり真夜中の2時くらいに乗車、京都には5時くらいに着いてしまいました。
★ちくま1号松本ー名古屋間
昭和51年夏に松本へ友人の実家(農家)に遊びに行きましたが、往きは「特急しなの」の切符が取れたのですが、帰りは「しなの」が取れず、この列車に乗車しました。本来は大阪行なので大阪まで乗ってもよかったのですが、客車列車なので、旧型で冷房がなかったらいやなので、名古屋で降り、新幹線に乗りかえるように券を取りました。
ところが乗ってみたら12系で冷房はガンガン効いていてしかもガラガラで快適でした。失敗しました。
★東海号静岡ー東京間
名門列車です。これはもう東海号に乗りたくて、わざわざ新幹線を降りて乗車しました。時期は忘れてしまいましたが、急行で残っていたのでかなり前です。またその後友人と旅行の時にも一度利用した記憶があります。廃止になってしまったのは残念ですが、特急になった後も夫婦で旅行の時に熱海から何度か乗りましたがいつも空いているというイメージがあり、廃止もやむを得ないのかも知れません。
★銀河号東京ー大阪間
家の事情で平成になってから特に大阪に頻繁に行く用事が増え、会社が終わってから乗れるので、かなりの回数利用しました。またたまに運行のタイミングが合った時や、結婚の前に妻を当時健在だった祖父に会わせるために三田に行った時に銀河51号(14系座席車)も利用しました。寝台に乗るとどうしても飲み過ぎてしまい、いつも大阪に着くと二日酔いでした。
★能登号金沢ー上野間、上野ー金沢間、上野ー糸魚川間
家が北陸の家なので、特急北陸号とともにかなり利用しました。以前は旧型客車(10系中心)編成でそのころも利用しました。そのあと14系になり従弟の結婚式で寝台で帰った時はちょうどGWで、となりの普通車を見たらデッキまで人が立っている状態でした。立ったまま寝ている人がいました。
そのあとは489系の座席車のみになり、上野から高崎までは本来だめなはずですが、通勤客(当然酔っぱらい)でごった返していて、すごい状態でした。でもなかなか検札も出来ない状態みたいで、かなりの人がただで乗車出来ているようでした。
★きたぐに号新潟ー大阪間
以前は青森ー大阪という日本海縦貫線を走る名門列車でしたが、私が乗った時はすでに新潟発でした。583系の寝台電車で、以前はくつる号で最上段できつい思いをしたので、その時は下段を取りました。ただ実際は空いていて、不気味なくらいでセキュリティも心配なくらいでした。
★かすが号奈良ー名古屋間
平成13年用事で関西に行き、奈良によって東京に戻る時に利用。デッキの無い快速「みえ」と同じ車両でした。

こうやって思い出してみても意外に急行には乗っていないのだ、ということに気が付きました。やはり新幹線の威力はすごいということですね。

ブログネタ
ひとりごと  に参加中!
まず、昨日の客車鈍行の記事で、53年10月のダイヤ改正で常磐線の仙台行も廃止されたと書いてしまいましたが、常磐線の客車列車はまだ廃止されませんでした。失礼致しました。ほかに平(現いわき)行もありました。

★ダービーの怪
今回競馬ブログで書いたダービー予想はやはりはずれてしまいましたが、ダービーの過去の優勝馬をよくよく見るとあることに気付きました。
ここ20〜30年の間の優勝馬はことごとく個人の馬主さんの所有馬であることです。
一部サクラチヨノオーのような法人馬主の馬も勝っていますが、特に共同馬主の馬は勝てないレースになっています。
例外はダイナガリバーとネオユニヴァースだけで、いずれも社台RHです。
JRAの最高峰レースであるダービーはひじょうに世間やマスコミからも注目されます。
当然馬主さんもその対象になるわけで、最近ですと3年前(勝馬はウォッカ)に安倍首相、昨年は麻生首相がプレゼンターとして表彰式に参加しました。
そもそもJRAの馬主資格の査定基準はひじょうに厳格で当然所得の制限もありますし、それ以外にもさまざまなハードルがあるそうです。
JRA自体が農水省が管轄している国営事業であることも考えると当然ですし、ダービーのようなレースは外国のメディアからも注目されるわけで、スポーツの勝負の世界ではありますが・・なぜか前述のような結果になっています。
もちろん最上級の実力のある馬しか勝っていませんが、個人的には法人のダイワの馬や共同のラフィアンの馬、同じ社台系でもサンデーR(今回惜しかったですが)やキャロットの馬も頑張って、いつか栄冠を掴んで欲しいと思っています。

★ログインてんやわんや
そういえば金曜日にいきなりいつもブログを更新しているパソコンがブログのログインが出来なくなってしまいました。どうしようもないので、ライブドアのサポートにメールを出しました。
しばらく返事がなかったのですが、今晩やっと返事が来て、「弊社のほうでログインはできました。異常はありません。」という返信がありました。
「え?」
それがこちらでは出来ないから何が原因を知りたくてメールをしたのですが・・と思いましたが、
なるほどもっともな部分もあり、こちらのパソコンというかブラウザに何か原因があるということだけはわかりました。
またその中に親切にFIrefoxで試してみてください、とリンクが貼られていました。こちらでは普通のInternetExplorerだったのでインストールして試してみたら、何と!ちゃんとログインできました。
この件はもうなかばあきらめていたので、もうひとつ持っているMacほうのSafariで試してみたら使えたのでこちらで更新していました。
とりあえずよかった、と思っていたら今度は更新しているパソコンのウィンドウズのほうのスタート画面がすべてFIrefoxになってしまい、家族で共用していた今までのInternetExplorerがかくれてしまいました。
げっ、怒られてしまう、どうしよう、とガチャガチャやっているうちにまた元のスタート画面が出るようになったのでほっと一息です。

いろいろとサイトなどを作ってはいますが、もとからパソコン自体はそんなにくわしくなかったので、何かおかしくなるとこんな感じでいつもてんやわんや、パニック状態になり、冷や汗、あぶら汗でストレスパンパンなります。
あ〜、疲れた。
結局今もMacのSafariで更新しています。

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