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以前JRが国鉄時代に首都圏の近郊区間内「初乗りきっぷの旅」というのが流行りました。
当時いくらだったか忘れましたが、近郊区間内は途中下車をしなければ最短区間の料金で大回りしても同じ駅を二度通らなければ乗り通せるというルールでした。
それを逆手にとって大回り旅行を格安で楽しむという一種のマニアックな遊びでした。

たしか高校に入ってしばらく経ったころ、中学の友達と一緒に挑戦してみたことがあります。

当時私は野球部だったので、日曜日もなかなか時間が作れませんでしたが、あるとき大丈夫な時があったのでその日に合わせて友人と出かけました。

区間は府中本町から分倍河原で行いました。
記録にこだわるという気はなく、1日楽しむということになったので、無理な大回りはしませんでした。
ただ途中で検札がきたときに説明するのが面倒くさいので、必ず乗った車両を記録するということになりました。

府中本町から武蔵野線で当時の終点であった新松戸に一気に乗りました。武蔵野線は当時は今のような本数はなく昼間は1時間に2〜3本しかなく、宅地開発もまだまだだったのでのんびりした郊外の風景が楽しめました。

新松戸からは常磐線で我孫子に出ました。我孫子からは成田線で成田に。

成田はまだ成田空港が開港する前で一言で言うと本当に田舎の風景が見られました。
以前は電化されていない路線で客車列車なども走っていましたが、私たちが乗ったときは電化されていて常磐線の快速車両でした。

常磐線の快速車両はほかの国電車両とまったく同じ車両ですが、独特のエメラルドグリーンのカラーでした。
他の路線では一切見ることができない塗装で、その時に初めて乗ることができました。

成田からは成田線(本線)で佐倉にでました。

ここで昼食を食べようということになり、佐倉駅で売っていた「焼き鳥弁当」というのを買いました。
値段は350円くらいだったと思います。特に大きな期待はしていなかったのですが、食べてみるとこれがひじょうに美味しくて今でもその美味しさだけは記憶に残っています。
ご飯に甘だれをたっぷりかけた鳥の照り焼きがのっていて、漬物がついている程度のシンプルな内容でした。
それなのになぜ美味しかったかというと、ご飯が温かかったのと、鶏肉がやわらかくてとにかく美味しかったのをおぼえています。

後で知ったのですが、佐倉駅のこの弁当はかなり有名で最近は復刻された時期があるほどだったそうです。
残念ながらかなり前に無くなってしまったそうです。

佐倉からは総武本線で成東に、そこから東金線で大網に。さらに外房線で千葉にでました。
房総地区は以前は内房線以外は電化されていなくて、SLもかなりの時期まで走っていたそうです。

昭和47年7月に外房線や総武線・成田線の成田までが電化されました。そのとき初めて特急列車(さざなみ、わかしお)が走ることになりました。
また錦糸町から東京駅まで総武新線(当時はそう呼んでいました)が開通、画期的な進歩を遂げました。
逆に房総方面への基点だった秋葉原や両国は駅としてはさびれてしまいました。

この時は乗車した区間はすべて113系という新性能電車でしたが、
昭和47年の改正時はこの区間はすべて非電化で、総武線の急行は犬吠号、成田線は水郷号でディーゼル列車でした。
普通列車には客車列車もかなり残っている状態でした。(1973年1月時刻表で再度確認しました)

しかし時代は流れ、この時乗車した113系電車も2011年8月いっぱいで房総地区を最後に、JR東日本からはセミクロスシート車両(向かい合わせボックス席と国電のロングシートが混在している車両)はすべて引退になったそうです。

さて千葉からふたたび総武線快速に乗車して、開通当時は大きな話題になった錦糸町〜東京間を乗車して東京駅に。

そこから東海道線に乗り換え、一気に茅ヶ崎まで行きました。

本当は南武支線や鶴見線に乗ろうということになっていましたが、さすがに疲れてきてとばしてしまいました。

当時南武線支線や鶴見線には戦前に造られた車両(通常の車両は長さが20メートルですが、17メートルしかない車両で希少価値がありました)が走っていました。
ひじょうに興味深かったのですが、そのうち乗るだろう、などと考え乗りませんでした。

ところが結局それからまったく乗る機会はなく乗らずじまいのまま引退してしまいました。

高校時代は野球の練習、大学時代は劇の練習やバイト、就職後は多忙に加え車やバイクに興味が移ってしまったことも一因です。

そして疲れた体で茅ヶ崎からは橋本まで相模線のディーゼルカーに乗りました。

相模線は今は電化されましたが、かなり後まで非電化路線でした。
最初に乗ったときはまだ旧型の向かい合わせボックス式の車両でしたが、その時はもう国電のような長い一列シートの車両でした。
それでも単線で、駅はひなびていてローカル線の風情を楽しむことができました。

橋本からは横浜線で八王子に、そして中央線で立川に、南武線で分倍河原と乗り継ぎました。

分倍河原に着いたときはもう夕暮れでした。

先日日経の土曜版でこの「初乗りの旅」が紹介されていました。
今頃?と思いましたが、よく考えてみたら、今はエキナカがひじょうに充実しています。
改札口を出なくてもかなり楽しめるようになったので別に鉄道に興味がない人でもさまざまな楽しみを見つけることが出来るようになりました。

また違う視点で「130円きっぷ初乗りの旅」を楽しんでみたいところです。
でもなかなか難しそうです。

カネはなくてもOKなのですが、ヒマも余裕もないので・・。

貧乏ひまなし・・・