サイト運営者日記「ぶらぶらうだうだ・・」

「タウンクリニックドットコム」「時代文化ネット」などサイト運営をするアナログ脱サラ(いつのまにか・・)親父のブログの何でも日記風ブログです。

当ブログは2018年3月よりURLが、
http://blog.livedoor.jp/chikao1216/
から
http://burauda.blog.jp/
に変わりました。サブドメインのため旧URLでアクセスしてもリダイレクトしてアクセスできます。
また名前も「サイト運営者日記・ぶらぶらうだうだ」に変わりました。

内容は「時代文化ネット」制作者が運営する日記で特にテーマはありません。
日常のサイト活動などにおいて見聞きした内容や、現在の社会や自身の生活などを通して感じたことなどをそのまま記載する形にこのたびリニューアルしました。
現在の掲載記事は以前の「穴狙い千ちゃん〜」「ちかお日記」に掲載されている記事をそのまま残してあります。
旧記事は「改修前」のカテゴリになっていて、「人気」???と記載があるのは人気があるかどうかは知りませんが、自分でまあまあ気に入っていた記事です。

ブログネタ
自分にとっての名曲とは? に参加中!

スモールさんの記事に中島みゆきの話が出ていました。

ネタぱくりになってしまいますが、その話は賛同したので・・

かくいう私も中島みゆきフリークの一人です。
ごっそりレコード、CDを持っている状態です。

特にスモールさんの話に出ていた初期の名曲「時代」は私も大好きです。

年がばれますが、最初に聴いたのは中学時代です。
このころは毎晩のように布団の中でラジオの深夜放送を聞いていました。

当時はそれが流行で、午前1時からは賑やかな若者向け番組、3時からはトラックの運転手さんなど深夜に働いている人向けに歌謡曲、演歌番組が主流でした。
八代亜紀などは特にトラックの運転手から好まれ、このような番組が育てたスターだと言っても過言ではないと思っています。

TBSラジオで午前3時からやっていた「歌うヘッドライト」。
ノンノンこと江川範子さんの金曜深夜、石渡のりこさんの木曜深夜は特によく聴いていました。

この番組でこの「時代」をはじめて耳にして、大変な衝撃を受けたのをおぼえています。

一般的には歌、特に流行歌の多くは恋愛など、人の情の歌がほとんどです。
この歌も当然そうなのでしょう。
中島みゆきの何かの経験などによって生み出された物だと思います。

ところがこれは恋愛だけではなく、人生全般の他のどんなことにも全く同じように思える、というか聴く側が思うことが出来る歌詞であった、と感じました。

嫌なこと、絶望、不安、さみしさなど今まで生きてきて数限りなく経験されている方が多いと思いますが、

この歌を聴くと、楽になり、

そして「まあ、いいか」と思い、

そして「さあ、また出直すか」

という気分になるから不思議です。

歌詞で言うとやはりさびの

「まわる、まわるよ、時代はまわる、別れと出会いをくりかえし、今日は倒れた旅人たちも、生まれかわって歩き出すよ」

という一節を聴くと、
肩に乗った重石が取れるように楽になりました。

最初に聴いた当時の中学生の私には当然そんなことはあまりありませんでしたが、

その後さまざまなことが起きるたびに

「この歌が救ってくれている」、と思っていますし、これからもきっとそれは続くと思います。

たった何百円のレコード1枚がかけがえのない財産に思える、そんな気持ちになれる歌のひとつです。

多分逃げ場のない苦しみにあえぐような苦労をされてきた人たちのなかにも、ふとした機会にこの歌に出会い、救われた方もたくさんいるのでは、と思います。

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創作短編物語 に参加中!

その1−携帯電話で・・
これは以前にもこのブログで簡単に書いた記憶があります。

ある日私は仕事で新宿の高層ビル街に行きました。

仕事が終わり、帰ろうかと駅に向かって歩いていると、

ふと50メートルくらい向こうで若い女の人と男の人が二人で話しているのに気付きました。

と、急に女の人が何かで男の人を叩いたように見えました。
「パキッ!」
結構大きな音がしました。

それと同時に「○×▲△◎◎◎!!」
と女性が大きな声で叫んだように聞こえました。

「なんだカップル同士で痴話げんかか、それにしても人前で派手だな・・」

と思い通り過ぎようとしました。

そのときです。
二人はついに取っ組み合いを始めました。

「穏やかじゃないな。本格的にけんかになったんだな。たいへんだね」
それでもそんなふうに思いました。

すると男性は女性の攻撃をやっと食い止めたようで、たったまま女性を押さえつけました。

「少し変だな・・」
そう感じた私は
「大丈夫ですか?」

と二人に近付きました。

すると男性は
「警察を呼んでください」

「え?」

「知り合いじゃないんですか?」

「全然、いきなり殴られたんですよ」

女性はまだ興奮して、押えられていてもまだ暴れていました。

見るとリクルートの学生か、ビジネスで回っている感じのスーツを着ていました。

たしか聞けばそこで肩が触れたとか、何かささいなことで言い合いになり、いきなり携帯で顔を殴られたとのことでした。

女性はまだ
「○×▲△◎◎◎!!」(さっきと同じですが・・)
と意味不明のことを叫んでいました。


そのうち人が集まってきました。

たくさん来たので私はもういなくてもいいと思い、その場を離れることにしました。

というのもその女性は、そんな大柄でもなく、合コンなどでは結構人気になりそうなかわいい感じでしたが、

牙をむいている野獣のような状態で、きわめて危険に見えました。

正直少し怖くなってきたのもあります。

もし押えている彼の手を振り払うことができたら、
協力者のようにふるまった私にも襲いかかってくるかもしれない・・

「○×▲△◎◎◎!!」(また同じですが・・)
とか何とか叫びながら、持っていたボールペンで刺してくるかもしれない、と思ったからです。

「そんな、おおげさな」
と思われるかもしれませんが、本当にそれくらい興奮状態に見えました。

彼女は上はスーツで下はスカートでしたが、自分がスカートをはいているのを忘れているくらい、下半身をバタバタさせて大暴れしていました。
そこには色気などは全くなく、かえってそれがまた恐怖を倍化させました。

何か面白くないことがあったのでしょうか?

「そうよ!お前のせいなんだよ!」

もしかしたらあの尖ったヒールであちこち蹴られるかもしれません。

「あいたっ、痛い!」

さらに持っているバッグを振り回して、私の顔を直撃するかもしれません。

「ぐぇっ」
さらにもう一撃
「ぎゃっ、ぎゃああああっ」

想像しているだけで寒気がしてきました。

「しっかり押えといてくれよ、俺は逃げるから・・」
根性のない私は・・

その後どうなったのか逃げ出した私には知る由もありません。

その2−ある日の電車の車内で
先日ある電車に乗ったときの出来事です。

私が座った向かいに若い学生風のカップルが座りました。
電車は少し混んでいましたが、席の前に立つ人はいない、そんな程度でした。
 
彼らは異様にイチャついていました。

皆さんも経験あると思いますが、見せよがしに公衆の面前でイチャつく、はっきりいってむかつくカップルの状態です。

また二人ともビジュアル系で、男はイケ面、女はアイドルのような感じでした。

「むかつくな・・」

多分私だけでなく、周りの乗客はみなそう思っていたのでしょう。

皆無視をしているふりをして本を読んだり、寝ているふりをしたりしているようでした。

私もウォークマンを聞いていましたが、やはり結構気になり、音楽にはなかなか集中できませんでした。

そんな状態が続き途中の大きな停車駅が近付いてきた、そのときです。

「バキン!」
きわめて大きな音がしました。
と同時にその女が男をいきなり叩きました。

平手でしたが、思い切り叩いたようですごい音がしました。

しかも頭を狙ったのでしょうが、すこしずれて顔の一部にも当たったようです。

ウォークマンで音楽を聞いていてもはっきり聞こえる音で、音楽の中のひときわ大きなドラムの音よりも大きな音に聞こえました。

女性は叩いた後で男に何か小さな声で話しかけました。
よく聞こえませんでした。

男は「いつものことだよ」という感じで、大きく反応しませんでした。

しょっちゅう叩かれているのでしょうか?

それにしても見た感じでは相当痛かったはずです。

音がいいと痛くない、とよくいいますが、見た感じではあれは音も痛みもともなう一撃に見えました。

私だったら涙ぐんでいたかもしれません。(少しオーバーですが・・)

まわりにいた人たちも少しびっくりして叩かれた瞬間に、いっせいにカップルを見ました。
でもどのような反応をしていいのかわからないのか、皆すぐ自分の世界に戻るふりをしたように見えました。

このカップルはこの先どうなるのでしょうか?

完全に力の加減をすることをしらない女。

何か気に食わないことがあると

「バキッ」「バキッ」

「ぐえっ、ぐええっ」

その叩いた音と想像した光景が反復した状態のまま私も、ほかの乗客も電車を降りました。

そんなこんなで、
「時代は確実に変わっている・・」
と確信しました。

今日は以上です。

☆☆☆☆☆

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.気になったニュース40 に参加中!

飛ぶ鳥を落とす勢いのO市長・H氏が政経塾のようなものを募集したところ、数千人におよぶ希望者が殺到したというニュースが流れました。
これからの日本はしばらくはこれがトレンドになるのでしょう。

しかしふと感じたことがあります。
今日は多少理屈っぽいので、ご辛抱を。

中身の正誤や賛否はわかりませんので一切コメントは避けますが、
ゼロから全てを構築してきたH氏はたいしたものだと思いますが、それに群がる人たちが同質であるとはとても思えない、ということです。

古来から日本で言えば大きく変換し、新しい時代を切り開いた開拓者というのが時代の節目には必ず存在しています。

たとえば

戦国時代の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康
今ドラマで話題の平清盛、源頼朝
明治維新の西郷隆盛、坂本龍馬などは誰でも知っている人たちです。

また戦後の焼け野原から日本経済を再生させたものづくりのパイオニア、松下、ホンダ、ソニーなども同様だと思います。

皆に共通しているのは
言葉は悪いですが、それ以前の時代では下の下の、まったく社会から注目されないような環境からほとんど自力でのし上がってきたということです。
逆にそのような状態でないとそういう人たちは誕生していないのでは、と思えます。

もちろんその踏み台になってしまっている人たちも多々いたのではと思います。

何が言いたいのかというと、
変革や成功はすべて自分で考えて、自分で決断して、自分で切り開いていかないと実現できないのではということです。
人の敷いたレールに乗る前にまず自分でやってみる、大海原に出てみる、というのが一番大事な精神なのではと思います。
それは組織に属するとか、属さないとかそんな了見の話ではなく、自分自身がどう生きるかという生き方や考え方の問題だと思っています。

年齢も関係ありません。70にして起業、成功している人はいくらでもいます。

商売でも同様ですが、看板や技術、つながりがないところから何かを始めるのはとてつもないエネルギーが必要になります。

私も自営をはじめて数年、いまだ大きな日の目をみることも無い状態です。
もしかしたら一生そうなのかもしれません。
それでも毎日コツコツと歩を進めるしか方法はありません。

事業にしろ、政治にしろ皆同様だと思っています。
そこには勇気、感性、タイミング、運、柔軟で明晰な考えも必要です。

強力な応援者やパートナーも必要です。

さらにいえば強力なライバルや妨害者も必要なのかもしれません。
もまれて強くなるといいますから。

H氏のような人が国中から雨後のたけのこのように出てくる・・
このような状態が一番なのかもしれません。

まったく無名だから失う物やしがらみは何もなく、見栄を張る必要もなく、自由で柔軟な発想で前進する・・

過去の時代の英雄たちも、世界を見回しても、最悪の状態の中からより強力なパワーが生まれてきたように思います。

ユダヤ人、華僑の人たちも松下やソニーの創始者もおかれた環境を逆手にとって強靭な精神力で繁栄を手に入れることができたのかもしれないですね。

そういう意味では今の殺伐とした状況の中ではいずれそのような人たちが出てくるのかもしれないとおもっ次第です。

さあて、能書きはこれくらいにして、またコツコツと歩を進めなくては・・いけないね・・

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競馬観戦記 に参加中!

日曜日に下北沢の歯科の女医さんに、東京競馬場の馬主席に招待されました。
東京競馬場馬主席12025
聞くと、知人に中央競馬の個人馬主さんがいて、当日席を用意してくれたのとのことでした。
めったにない機会なので喜んで観戦に行きました。

いつものように普通に私服で行こうと思いましたが、よく考えてみると馬主席なのでどうしようかと思いました。

そしてやはり仕事用のスーツで行くことにしました。
一応ネクタイもリュックにしのばせておきました。

するとやはりスーツ、ネクタイ着用ということでした。
東京競馬場馬主席12026
冬場なので少し寒かったですが、天気もよく、写真のように富士山も大きく見えました。
東京競馬場馬主席12027
馬券は・・・
いつものようにだめでしたが・・

楽しかったです。

話変わりますが、いつも見ている地震予知を研究しているブログ「地震くるみる」で微振動などの関係でかなりそれなりの規模の地震の危険度が高まっている状態だと書いてありました。
ご注意ください。

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健康雑学 に参加中!

2月7日の早朝でした。

心地良い朝の眠りを中断する、携帯電話のベルが鳴り響きました。
「何だろう?こんな朝早く・・」

出てみると姉からの電話でした。

朝早くの電話はあまりいい知らせであるはずはなく、いやな予感がしました。

「今施設から電話があってね。〜がねえ・・」

聞いてみると施設にショートステイしていた家族を、朝施設の人が起こしに行ったら呼吸はしているけどまったく反応がなく、救急搬送されたとの知らせでした。

23年前に脳梗塞をおこし言語と右半身が麻痺して以来、不自由な生活をしていたのですが、再発することもなく過ごしてきましたが・・ついに再発?

二年前に転んで外傷性のくも膜下出血をおこしさらに障害が悪化しましたが、ここにきて順調に回復をたどっていたので寝耳に水のような衝撃が走りました。

まったく状況がわからないまま、待機することになりました。

昼前くらいにやっと行き先の病院などがわかりました。

そして午後になりまた連絡がきました。

するとなんと、回復したとのことでした。

症状は一過性の脳梗塞とのことで、
意識を一旦失っていたらしいのですが、数十分後に意識が戻ったとのことでした。

とにかくほっとしました。
当日は仕事は結局すべてキャンセルになりました。

☆☆☆☆☆

一過性の脳梗塞・・

実は今回の家族ほどひどくはありませんでしたが、私も経験があります。

約十年前、まだサラリーマン時代の話です。

約17年勤めていたその会社で今だから言ってしまいますが、実はいわゆる「パワハラ」(パワーハラスメント)と思われる待遇を受けていました。

きっかけは何かの時に口答えか何かをしたというように記憶しています。
当時の上司は社内でも変わり者と言われていて、平気でそういう行為をするようなタイプでした。

また会社の業種的にもそのような文化が残っていて、社内でも当時は私のような目に会っていた人はかなりいたと思います。

約半年くらいそのような状態が続きました。

精神的にはなんとか大丈夫でしたが、だんだん体調が悪化してきました。

というのも冬場になり寒くなってきたのに、一日中外に出され、お客さんを回らされました。

食事や休憩をするような場所はほとんどなく、コンビニの肉まんを店頭で食べたり、駅前で携帯を使い2時間くらいセールスの電話を毎日のようにしていました。

たしかクリスマスイブの翌日くらいだったと思いますが、ある朝会社で来店したお客に対応しようと席を立ちカウンターの方に歩こうとしました。

そのときです。

左目から見える景色が変になりました。
すべてが波打っているように波目模様にみえました。

そして歩こうと思い一歩足を出しましたがバランスがとれなくて歩けません・・

「え?」

何が起こったのか自分でもわかりませんでした。
片手を机にかけて歩こうとしましたが、反対側に大きく傾いてしまい、まったく歩けない状態でした。

「どうしよう。もしかしたら・・」

他の人も少し様子がおかしいと感じたのでしょうか、私の様子を見る人もいました。

左目のまだら波の景色はしばらく続きました。

このまま死んでしまうかもしれない・・

本当にそういうふうに感じました。

ところが数分後、急に元に戻り始めました。

そして何事もなかったように普通になりました。

ただ熱があるような感じになり、頭が少し痛んできました。気分も少し悪くなってきました。

すぐに近くの病院に行き、検査をしたら血圧が下で100を越えていました。
私はどちらかというと低血圧でしたのでびっくりしました。

午後に専門の病院で検査をすると一過性の脳梗塞を起こしたのだろう、という診断をされました。

仕事の内容や状況をありのままに話すと、医者は
「その仕事はできれば長く続けないほうがいいね。もし今度再発したらこんなもんではすまない可能性もあるよ」
と言われました。

その日は家に帰してもらい、2〜3日静養しました。

これを機会に会社を辞める決意をかためました。

その後私は転勤してその環境から逃れることができましたが、数ヵ月後に会社を辞めてしまいました。

そしてそのまま今に至っています。

あのときの景色がグニャグニャに見えた感覚は今でもはっきりとおぼえています。
多分一生忘れることはないと思います。

「一過性の脳梗塞」

この言葉を聞いた時、そんなことを思い出してしまいました。

思い出したくもない思い出ですが・・これが現実の話です。

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東日本大震災に対して「何か」できること に参加中!

土曜日
土曜日は福島県いわき市に仕事で出張しました。
大国馬上建築様とホームページの打ち合わせをしました。

打ち合わせの後、社長の息子さんと食事などのために車で小名浜から北の海岸沿いを少し車でまわりました。

私自身も東日本大震災当日、小名浜港近くで地震にあい数日間現地で避難していましたが、当時は危険な状態だったので海岸や港に近付くことができませんでした。

また昨夏に訪問した時も時間の関係もあり、港には行きませんでしたのでその惨状を目にすることはありませんでした。

もう一年近く経っているので小名浜港はほぼ観光施設なども大方営業を再開していました。
ただよく見ると漁港近くの店や旅館、民家などは大きなダメージを受けた状態のままになっているようでした。

看板やシャッターなどは津波のために大きくへこんだり、破損しているところがたくさんありました。
息子さんの話だと、こちらでも家の一階が完全に水没するところまで浸水したとのことです。

以前ブログにも書きましたが、息子さんは消防団に入っていたので地震直後に海岸沿いの民家で救助活動を行っているところに津波の大きな第二波がきて、胸の辺りまで水につかってしまい危うく難を逃れたとのことでした。

私のサイトに掲載いただいている魚市場の向かいの飲食店も一階が全滅で9月ごろにやっと営業再開にこぎつけたそうです。
月曜日に電話で話しましたが、漁もまだ禁止になっているとのことでまだまだ大変な状況が続いているとのことです。

魚市場付近から、三崎公園という突端で少し高台になっているところを過ぎて北側に行くと、さらに大きな被害を受けた地域になります。
永崎海岸から中之作、江名という地域になります。
このあたりは山が急に海岸になっていて、その間のせまい平地に民家などがたくさんありますが、津波の直撃を受けてかなりの被害を受けました。

車で走っていくと、民家のうちあちらこちらに何もない更地になっているところがかなりありました。
津波で流されたり、全壊になった家だということです。

道路の標識やガードレールなどもいまだに大きく傾いたり、大きくへこんだままになっていました。

また永崎海岸は夏はこの近辺では大きく賑わう海水浴場なのですが、地震と津波によって砂浜が完全に消滅してしまいました。

息子さんによるともっと北に行くと塩屋崎、そして久ノ浜という地域でここはさらに甚大な被害を受けたそうです。
津波で流されたうえに、火災が発生してほとんどの民家が大きな被害を受け、人的な被害も甚大だったそうです。

小名浜の中心街も地震、津波のあとにさらに大きな余震が続き、住宅も転居が必要な方がたくさんいる状況です。
私がホームページを管理しているお店もその一軒です。

原発の風評被害の問題も加わりまだまだ問題は山積みですが、一刻も早い復興を願います。


日曜日
日曜日は今度は逆にいわき市の外郭団体である社団法人いわき観光まちづくりビューロー様が東京にいらっしゃいました。
というのもメディア関係の知人の手配でラジオに出演することになり、そのお取次ぎをしたので私も収録に立ち会いました。

出演されたのはいわゆる「観光大使」のような仕事をされている女性で、その部署の方も付き添いでいらっしゃいました。その女性の家も津波で流されて大きな被害を受けてしまったそうです。

昨年から復興のためにフラガールと一緒に全国各地をめぐっているとのことです。

また今回名産のイチゴを持ってきていただきました。放送用でしたが私もお土産にいただきひじょうに美味しかったです。

2月8日には「フラガール」でおなじみのスパリゾートハワイアンズも新しいホテルも加えグランドオープンになります。

まだまだ完全復活には時間はかかるかもしれませんが、一歩一歩復興に近づけて行くしかないのでできることはお手伝いさせていただければと思っています。

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創作短編物語 に参加中!

人間は動物です。
人間の顔は当然動物ですから、よく見ると何かしらの動物に似ていることが多いものです。

その中でも抜群に目立つ動物はというと・・・、それは「たこ」です。

たこは魚介類の中でもとりわけ独特の形、というより風貌をしていると思います。

「たこ入道」など・・その容姿はユーモラスでもありますが、時には威圧的で凶暴な姿をしているとも思えます。

人間にもこの「たこ」と風貌が似ている人をよく見かけます。

昔の学校時代などを思い出せば、学校中で一人くらいは、皆から「たこ」と呼ばれている奴がいたのでは・・。

ご多分に漏れず、私の学校時代にもそういう奴がいました。

それは中学校時代、そう中学に入学した時の話です。
クラス分けがあり、私のクラスの生徒たちも教室に一同が集まりました。

そしたら、そうです、いました、いました・・
顔は人間ですが、よく見ると集団の中で8本の足をグニュグニュ動かしているあの「たこ」が〜

いやそれじゃ本当の「たこ」になってしまいますので、今回は真面目に・・

そう、顔が「たこ」そっくりの奴がやはり一人いました。

彼は私とは違う小学校から来たので初対面でした。
ただ彼と同じ小学校から来た友人たちは
「おい、たこ!」「たこ!」「たこっ」
と彼を名前で呼ぶ人はいない状態でした。

言われてみると
顔は人間ですが(当たり前です・・)、口がひじょうに特徴がありやはり「たこ」のように前に口を丸めて突き出したようになっていました。

「なるほど・・」

これでは「たこ」と言われてもしょうがないなと思うほど似ているように見えました。

また口だけではなく、目もかなり腫れぼったくて、ちょうど「たこ」の目の感じと似ているように見えました。

「なるほど・・」

また同様に思いました。

本人も相当気にしているようで、
だんだん慣れてきたころに私も調子に乗って
「たこ」と呼んでしまいました。

すると彼は激怒していきなり私を叩いてきたくらいです。

しかし当時はそんなふうに思っていましたが、よくよく考えてみると実際には少し口が丸く突き出て、目が腫れぼったいくらいでそれ以外は完全に人間の姿です。(当然ですが・・)

「そこまでは似ていないよな・・」
だんだんとそんなふうに思ったのをおぼえています。

でもその後数十年彼とは会ったこともなく、顔さえ正確には思い出せないくらいの年月が経ってしまいました。

こうなると人間の記憶というものは不思議なもので、彼の「たこ」っぽい特徴だけが強烈に記憶に刻み込まれ
徐々に初対面だった当時よりはるかに「たこ」に近い印象になっていきました。

しまいには彼の姿は首から下は普通の人間で、顔だけが「たこ」そのものという印象にさえなってしまいました。

よくこういうことってあると思いますが、若い頃とてもきれいでかわいいと思っていた女性は長年会わないとそのいい印象だけがイメージとしてどんどんふくらみ、心の中で絶世の美女のようなイメージに育っていくというようなのと似ている感じです。

そんな女性もしばらく振りに実際に会うとまあまあではあるが別段たいしたことないことが多いものです。

私は多分もう彼とはよほどの偶然がない限り会うこともないと思うのでこの妄想はどんどん膨らんでしまう状況が続いています。

そして今もそれはどんどんエスカレートしてしまっています。

この文を書きながらも私の心の画像では、完全な「たこ」の顔をした人間の姿だけが思い出されてしまう状態になっています。

実はかくいう私も同様かも知れません。
多分全体的な印象だと思いますが、昔学校時代の友達に「かわうそ」に似ているね・・、などといわれたことがありました。

自分ではそんなに似ているとは思ってはいませんでしたが・・

でもそういうふうに思っていた友達とも、私はたびたび転居したこともあり、おそらくこの先も会う機会などないと思います。

私を「かわうそ」に似ていると思っていた人たちは、何かのきっかけで偶然私のことを思い出す機会があったとすると・・・

首から下は普通の人間で顔は完全な「かわうそ」という私のイメージを浮かべているに違いありません・・

スーツを着てすましてるけど顔は「かわうそ」・・・?

☆☆☆☆☆

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食品のお買い得情報 に参加中!

前回の記事「371系特急あさぎり号に乗車」の余談です。

御殿場線の松田駅で列車を降りましたが、このまま連絡通路で新松田駅に行くのは面白くないので、JR松田駅の改札をそのまま出てみました。

駅舎は昔ながらの木造駅舎でローカル線そのものです。

そしてその駅舎の半分を利用して地元の人たちのスーパーのような店がありました。
面白そうなので見物していると、店頭に出ている野菜の中で地元・秦野産のぎんなんがビニール袋に入れて販売されていました。

それがその量が半端ではなく殻付ですが多分500グラムはあるのではないかというくらい大量に入っていました。しかも値段は250円と格安です。
都会のスーパーでは20〜30個入くらいが精一杯のはずです。
しかし先ほど書いたようにこちらは200〜300個は入っている感じです。
これは珍しい、と思いさっそく買ってみました。

家に帰ると袋を開けて、あのぎんなんの特有のにおいにびっくり・・

さらに妻に聞くと割る道具がなくても紙袋に入れてレンジでチンするだけで大丈夫ということで、その通りに5〜6個温めて食べてみました。

味は抜群!・・というかやはり普通のぎんなんでした。

でもこの袋を見て思ったのは・・

おそらく今回買ったぎんなんは、私が今まで生まれて四十ウン年生きてきた中で通算で食べたぎんなんの数より確実に多いのではと思ったしだいです。

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鉄道 に参加中!

あさぎり号371系1
先週の木曜日に仕事で真鶴方面に行きましたが、往路に今度の3月17日ダイヤ改正で姿を消す371系電車の特急あさぎり号で途中まで行きました。

この電車はJR東海の車両で以前は御殿場急行と言われていたあさぎり号(小田急線内は特急)が、特急になり沼津まで延長された時にJR側の車両として登場したという記憶があります。
約20年間活躍してきました。
あさぎり号371系2
小田急の車両と基本的には同じ車両なのですが、JR車両(371系)は車両のカラーが青と白という東海道新幹線と同じカラーということもあり高いグレード感が漂い人気の車両でした。

しかも同型の車両としてはJRでも大変珍しいのですがわずか1編成(7両)しか存在しないという貴重な車両でした。

私もこの車両は大好きでした。といっても眺めてばかりでしたが・・。

今回沼津延伸も御殿場どまりに変わり、減便されすべて小田急の車両になるということで、新宿から松田まで乗車しました。

新宿駅ではもう見れなくなるのがわかっているからか、平日の午前中だというのに結構ファンが写真を写しにきていました。

松田の手前では目の前に雪で真っ白になった大きな富士山が迫り絶景も見ることができました。

写真は上が新宿駅、下が松田駅でのものです。

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動物・植物たちの小話 に参加中!

これはフィクションではありません。
でもたいした話でもありませんが・・

先週の土曜日に立川の車屋さんに車検だった家族の車を取りに行きました。
車自体最近乗らなすぎで故障していたので、ご面倒をかけてしまいました。

当日いつものように上の事務所に行き、お茶をいただきながら社長夫婦と談笑していました。

すると、ふと奥のガラス戸のほうを見ると戸の向こうに小さな影が映っているのが見えました。

なんだ?
どうも鳥のようです。

私たちが来て賑やかに話し出したのでやってきたようです。

社長と奥さんが、
「あれはね、すずめだよ。飼ってるんだ」

え??

すずめを飼っている?

聞いたことない・・

大体人に慣れるのだろうか?

立川すずめ1
ところが、戸を開けるとすずめは、トコトコ歩いてきて皆のほうにやってきました。(写真)

どうやら突然の来訪者がだれかチェックしにきたようです。

聞くと、巣から落ちてぐったりしているすずめの雛を助けてあげて育てたら、社長の家族を親だと思いこんなに慣れてしまったようです。

朝は家から一緒に店まで通勤してくるそうです。
立川すずめ2
もちろん夜もカゴに入ってねているそうです。(写真)

これはびっくり、最近よくやっている動物動画などに投稿しても通用するのではと思いました。

すずめは来訪者が普通の善良そうな女性と少し貧弱な中年男とみるやいなや、私の方をじっと見てしばらく考えていました。

私:「もうしばらくここに居てもいいですか?」

すずめ:「おまえは見た目はあやしいけど、ちまちました感じだから恐るに足らずだな。まあしばらくここに居させてやるよ、ちゅんちゅん」

と私の来訪をこころよく許していただきました。

☆☆☆☆☆

ブログネタ
創作短編物語 に参加中!

私はトイレが近くて困っている男。
そのためか、名前はちかお(chikao)といいます。

私はトイレが近いためにいろいろと職を変わってきました。
というよりトイレが近いために職を変えざるを得なくなったのです。

でも最近やっと天職を見つけました。

以前の話
昔、私は電車の運転士でした。
電車の運転士はトイレが近いと大変です。

あの時も、そう・・大変でした。

ある日私は電車を運転していました。運転士ですから当然ですが。

するとやはり急にいきたくなってきました。
もちろんトイレです。

朝ごはんを食べ過ぎたのかな・・

最初は普通に我慢できるくらいでした。

ところが段々ひどくなってきました。

「うーん、うーーん」
こんな声を出していると本当にやばくなってきました・・

もうじっとしていられないくらいになりました。

「うーん、うーーん」「うーん、うーーん」

そのうち体をよじって我慢するようになりました。

左右の筋肉(どこの??)を締めて、体を左右に動かすと少し楽になりました。

しかし左右だけではなかなかおさまらなくなりました。

そのため上下の筋肉を締めて、体を上下に動かすパターンも始めました。

そうするとかなり楽になりました。

もちろん運転しながらなので、ひじょうに複雑な動きになります。

左右、上下、左右、上下・・・

繰り返すと、ちょうど十字の形に体を動かしながらの運転になりました。

「うーん、うーーん」「うーん、うーーん」

それでもかなり大変です。

「早く終点に着け!」「着け!着け!」
心の中で祈り、そしてついに声に出して叫び始めました。

体を十字に動かしながら、「着け!着け!」と叫びながらの運転です。

運転席の後では、お約束の子供が一人張り付いて運転を見ていました。
お母さんも一緒です。

「ねえママ、あの運転士さんね、踊りながら運転しているよ。あとね大きな声で何か歌いながら運転しているよ。すごいね!」

そうです。
体を十字にまわしながら、「ツケ!ツケ!」

お母さんは、少しギョッとしました。
{もしかしたら、頭が少し・・}
とも思いましたが、本当に踊って歌っているようにも見えます。

「そうね。楽しそうね。あなたも応援してあげなさい!」

{楽しくなんかねえんだよ・・大変なんだよ・・助けてくれー}

「ママ、わかった。僕応援するよ!」

{ひえーっ、こっちは大変なことになっているんだ。ほっておいてくれ〜}
心の中で叫びました。

しかし無情にも子供の応援が始まりました。

ちかおが体を左右に動かす寸前に
「それ、ヨコ!」

上下に動かす寸前に
「タテ!」

子供はなかなか勘が良くて同じリズムで忠実に応援しました。

「ヨコ!タテ!」「ツケ!ツケ!」
「ヨコ!タテ!」「ツケ!ツケ!」

もう脂汗が出そうなくらい我慢していましたが、幸い子供のリズム感がよくてなんとか大丈夫でした。

「うまいわねえ、もっと応援してあげなさい」

「うん」

「ヨコ!タテ!」「ツケ!ツケ!」
「ヨコ!タテ!」「ツケ!ツケ!」

運転席の近くは子供とちかおの大声が響き、ちかおのおどり運転がつづきました。

{よかった、この調子なら我慢できるかもしれない・・}

ところが、やはり子供・・
子供は一回声を間違えてしまいました。

「タテ!ヨコ!」
順番を間違えてしまっていました。

「えっ、え〜っ!」この声にあわせて体と筋肉の動きをコントロールしていたちかおに大きな衝撃が走りました。

「タテ?」
左右の筋肉を締めたのに、体をタテ(上下)に動かしてしまいました。

これはたまりません。限界まで我慢していたので、この体の動きにはもう耐えることができませんでした。

「あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
「ママぁ・・・」
「・・・・・」

現在の職場
そんなこともあり職場を追われたちかおは何と刑事になりました。

もうトイレを我慢して電車を運転しなくてもいいのです。

今日も車で先輩刑事二人と容疑者の張り込みです。
容疑者が家に帰ってきたら家に突入する予定です。

大先輩の刑事が車にもどってきました。
「おう、ご苦労さん。お決まりのを買ってきたぞ」
と言い、私と先輩刑事にそう、お決まりのアンパンと牛乳を渡しました。

「張り込みはこれでないとな。だいたいアンパンを食い終わったあたりでやつが帰ってくるんだよな」
ドラマの見すぎでしょうか・・

三人はそろってアンパンと牛乳で食事をしました。

と、本当に容疑者が帰ってきました。
ちかおはびっくりしました。
{本当かよ・・}

「突入しますか?」
「いや、待て。もう少ししてからだ。やつも警戒しているはずだ」
「でもブツを隠したりしませんかね?」
「大丈夫だ、俺に任せておけ。この道30年の勘が冴えるぞ!」
先輩が二人で話していると、

{うっ、ト・ト・トイレに行きたい〜}
アンパンと牛乳はてきめんでした。我慢できそうもないので
「せ・先輩〜、ト・トイレに行きたいんですぅ」
とちかおは言ってしまいました。

「バカかお前は、こんな時に!我慢しろー!」

先輩は一言で突っぱねました。

これはもう我慢するしかない状態になりました。

もし私がトイレに行ったために、取り逃がしたりしたら・・
記者会見で署長が
「捜査員がトイレに行っている隙に逃げられました。いやー、申し訳ない・・」
と言わなくてはいけなくなってしまいます。

ここはたとえもらしても容疑者かくほが優先だ!
ちかおは腹をくくりました。

と、大先輩が
「よし!行くぞ!お前らも来い!」
と車を降り、ダッシュで容疑者の部屋に突進しました。

ドンドン!
「おい、警察だ、開けろ!」

大家さんから合鍵を借りていたので、返事がないのを確認してすぐ鍵を開け、部屋に突入です。

ドテン、バタン、ドテン、バタン、ドテン、バタン!
大きな物音が響き、
「ギャー!」
容疑者が叫び、
「それ、おい!」
先輩刑事の大声が響きました。

しばらくすると容疑者は大人しくつかまりました。

大先輩は
「おい、ブツを捜せ!」
先輩は
「ハイッ!今捜していますが、まだ見つかりません・・」
「何やってんだ、早く捜せ!」

容疑者は嘯いたように薄笑いを浮かべています。
「俺は何にもしてねえよ、俺が何したっていうんだ」

大先輩は「チッ、早く捜せよ!」
といいながら、ちかおが見当たらないのに気付きました。
「あれ、ちかおはどうした?」

「いえ、知りませんが。どこ行ったんでしょうね?」

「感心している場合じゃねえだろ!おい!ちかおー!どこだー?」

そのとき部屋のどこからか
ジャージャージャー・・
水の流れる音がしました。

そしてドアが開き、そこからちかおが出てきました。
「ふーっ、スッキリした・・」

大先輩は
「お・お前ってやつは・・、何をやっているんだ。あーっ?」

「いえ、ト・トイレに・・」

「そんなのわかってるんだよ!ふざけてんじゃねえよ!」

と、すると容疑者も
「ほ・ほんとに、ふ・ふざけてんじゃねえよ。おれのブツが・・」

なんと容疑者はブツをトイレの便器に隠していたようです。
状況は一変しました。

大先輩は
「な、なにー?、よし!とにかく下水道の捜索だ。これでブツが出るぞ!」
先輩も
「何と。よかった!」

きょとんとしているちかおに大先輩は
「おまえは本当に"うん"のあるやつだな・・」

刑事はちかおの天職でした。

ーお粗末ー

これだけ引っ張って、このオチはないだろ・・

☆☆☆☆☆

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.気になったニュース39 に参加中!
雪20120123−1
いきなり雪になりました。
駅(東小金井)を降りたら写真のようにガンガン降りです。
雪20120123−3
途中の道も雪景色(写真)

明日の朝どうしよう・・・

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どうでもいい話 に参加中!

せっかく大河ドラマ「平清盛」が始まったのでこの言葉を活用させていただきます。

昨日京王の駅弁大会に仕事の合間に行ってきました。

一緒にシステム会社の人にも付き合っていただきましたが、混雑に巻き込んでしまい悪いことをしました。

そして例年通り穴っぽい駅弁を何個か買って来ました。

ただ・・

全然別の次元のことで、きわめて不愉快なことがありました。

大変残念ですが、このままであれば今年を最後に行くのをやめようと思っています。

ひがみっぽくなるのでこれ以上多くは語りません、しょせん他人事ですし、
私が一人行かなくなっても、大勢は微動だにしないと思いますので・・

でも大きなほころびだと思いました。
いつも懸命に努力されてる事業者の方とたくさん会っているので・・

平清盛も怒っています。
今の日本の土台を築かれた大変な功績者ですから・・
「おれをそんなのと一緒にすな・・」
といわれそうです。

買った駅弁はグルメブログで順番に取り上げます。
各業者さんが丹精こめて作ったものなので・・、京王デパートとは関係ないので・・

個人的には旅行や駅弁は40年来のファンなので、続けますがブームは完全にピークを越えて衰退に向かっていることを実感した次第です。

残念ですが・・


また自分も同じ失敗をしないように気をつけたいと思います。
お客さん商売ですから

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創作短編物語 に参加中!

「私は何も知りません。全部部下の仕業です。信頼して任せてましたから」

真実はわかりませんが、とにかく無罪になりました。

親分は早速以前のように活動を開始しました。

手下:「よかったっすねえ」

親分:「そうだな。ここまでくるのは大変だったよ」

手下:「また親分と一緒に仕事が出来るのがうれしいっすよ」

親分:「うれしいことを言ってくれるじゃねえか」

手下:「そんな、本当の気持ちを言ったまでっすよ」

親分:「そうだ、例の件はお前に任せるよ。信頼しているからな」

手下:「・・・・・」

☆☆☆☆☆

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鉄道 に参加中!

これは懐古趣味になるかもしれませんが、単線の鉄道に乗ると無条件に旅情を感じてしまいます。
特に非電化であればなおさらです。

近年に八高線という路線が八王子ー高麗川間だけ電化されましたが、以前は仕事などで中央線に乗って八王子が近付くと途中で架線もない単線のレールが合流してきました。

これが八高線の線路なのですが、ちょっと地方に来たかな?とささやかな旅情を感じることができました。(ちなみに八高線はいまだ単線です)

立川で働いていた時はたまに車が確保できなかった時に小宮という八王子のお客さんのところに行くのに八高線を利用しました。
まだディーゼル列車でした。そのころは中央線の列車(高尾以遠の甲府方面行)も立川発着だった時なので、八王子までは列車に乗り、そこから八高線のディーゼルに乗ることもありちょっとした旅行気分でした。

首都圏の鉄道はほとんどの路線で電化は完了していますが、複線化は意外に進んでいないのが現状です。
複線化は用地買収や送電設備の問題もあり簡単に進まないようです。

また旅客ニーズも大幅に変化しているわけではないので、本数を大幅に増やす必要性自体がなくなっている部分もあるのではと思います。

私の住んでいる近くの話をすれば西武多摩川線もいまだに単線です。
12分ごとのダイヤになっていますが、駅間距離に大きな差がないため交換が容易であるので大きな不便は感じません。

また西武では国分寺や東村山、小平付近に沢山小さな支線がありますが大半はまだ単線です。(国分寺ー恋ヶ窪間は複線)
今後複線化が必要になる状況も考えにくく、用地買収も難しそうなので当分は単線のままであると思われます。

また意外ですが横須賀線の逗子以遠もいまだに単線でした。
こちらも上手にダイヤをやりくりしているようです。

それから東武亀戸線も単線のようです。
都心から一番近い単線の鉄道かもしれません。

そして意外に知られていないのは青梅線の複線は東青梅まででそれ以遠は単線だということです。
とういのも現在では沿線の人口増加もあり青梅線は青梅まではかなりの本数が運転され、ほとんどは10両の長い編成になっています。
また東京直通も多く、青梅特快という特別快速も頻繁に運転されています。

ところがなぜかいまだに東青梅ー青梅間は単線です。
この区間は市街地を通るため今から用地買収なども難しいのでしょうか。

以前は青梅線の電車は東京直通以外は編成も短く、1時間に1〜2本くらいは奥多摩行の4両の短い電車もありました。
電車も今の中央線と同じ最新式ではなく時代を感じさせる車両でほのかな旅情を感じることができました。
またいまだに完全単線で完全なローカル線に格下げされた感もある五日市線の直通や青梅・五日市の混成編成の電車などもありバラエティーに富んでいました。

あとこれはかなり前の話にもどりますが、横浜線も以前は原町田(現在の町田で数百メートル東神奈川よりでした)ー八王子間も単線でした。
小田急で町田(当時の新原町田)を過ぎ高架で横浜線を跨線橋でまたぐときに単線だったのを記憶しています。
橋本ー八王子間もかなりの時期まで単線だったようです。

たまに仕事で相原駅に行きましたが、山間の小駅という昔ながらの雰囲気で西多摩方面以外の幹線の駅とは思えない雰囲気でした。

ほかにもまだまだ単線の路線はあると思いますが、時代の波もあり周囲の環境は激変しているようです。

関西では福知山線が出雲市方面など長距離の旧型の客車列車が走る完全なローカル線から、線路を付け替えたうえに電化、複線化をして大変身したのが有名な話です。

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日本酒の旅人 に参加中!

知人が社長さんの(株)リアブル・アセット・パートナーズさんが主催する第1回全国地酒祭りに知り合いと年末に行ってきました。

※参考 日本橋地酒サイト
日本橋地酒祭り2011−1
写真はその時のものです。
場所は日本橋三越前の福島ビルです。ちょうど島根県のアンテナショップ「島根館」の2階になります。
日本橋地酒祭り2011−3
会場は夕方早くでしたがそこそこの人が集まっていました。
日本橋地酒祭り2011−2
お目当ての日本酒も数多くありました。
チケットを買って、
今西清兵衛商店(奈良県)の「春鹿」(写真)という酒と、簸上清酒(島根県)の「七冠馬」という酒と、一本義久保本店(福井県)のお酒を飲みました。
日本橋地酒祭り2011−5
日本橋地酒祭り2011−6
特に「春鹿」と「七冠馬」は個人的な好みで美味しくいただけました。

面白いのは「七冠馬」は純吟のほうは「一番人気」という銘柄でどちらも写真のように競馬の写真のラベルになっています。
店の人に聞くとどうやらモデルはあの皇帝「シンボリルドルフ」だそうです。
これで納得・・・

またホテルオークラ元総料理長 牧野シェフの料理したおつまみの販売コーナーもあり、シェフが特に得意としている「テリーヌ」を買いました。(写真)
美味しかったです。
日本橋地酒祭り2011−4
会場は同時に東北地方を中心とした物産展も行っていて、私は写真のように南三陸町のわかめと漬物を買いました。
日本橋地酒祭り2011−7
日本橋地酒祭り2011−8
少し酔いがまわったところで、場所を変えようと知人と神田駅方面に向かい、有名なそば屋さん「砂場」に行きました。
私は初めてなので知人がすべて注文をしました。

熱燗と玉子焼、そして〆にもりそばを注文しました。
これが流儀なのだそうです。
神田砂場玉子焼
神田砂場そば
普段はB級グルメばかりなのですが、今日は本格的なそばを美味しくいただきました。

さてこれで帰ろうか、とはならず、近くで働いている知人を呼び出し、神田駅前の「一軒目酒場」に。
すでに三軒目ですが・・。

そこでまた三人でしこたま飲んで、

あとはいつもの通り・・・


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創作短編物語 に参加中!

みなさんもよく経験があるかもしれませんが、個人的に思っている不思議なことがあります。

よく仕事中に一時期に電話や訪問が集中してしまうということです。

今は一人で仕事をしているので、だれも代わってくれないのですが、以前会社にいたときも全く同様の経験がありました。

逆に1時間も2時間も電話一本なく、だれも訪問者がないときもあるのですが、一本電話が入ると、立て続けに電話や訪問が入ります。

ある日の午後の出来事・・・
これは家で作業をしていた時のことですが、こんなことがおこるかもしれません。

たとえばAさんから携帯に電話が入ります。

Aさんと話していると、なぜか急にBさんからもキャッチホンに電話が入ります。

なんとか折り返しにしてBさんの電話に出ます。

すると今度はいきなり玄関のベルがなり宅急便がきます。

そうなるとかなり大あわてです。パニックります。

やっと宅急便の用を済まして、Bさんの電話に戻ります。

ところが何の話か一部忘れてしまっています。
「あれ、何でしたっけ?」などとは言えないので生返事が多くなります。

するとBさんは当然不機嫌になります。

すると今度はさっき電話を置いたAさんからキャッチが入ります。

このあたりで私は完全に茫然自失状態に陥ります。
「ちょっ・ちょっ・ちょっ・ちょっと・・・」などと噛み噛みで意味不明な叫び声ともつかない雄叫びをあげてAさんのキャッチに出ようとします。

ところがBさんはもう怒っているので、
「おい、ちょっと待てよ!」
という感じでなかなか電話を置いてくれません。

私はもう動揺を飛び越えて、脂汗タラタラ状態になります。

「いやいやいやいやいや・・・・そそそそんなことは、めっそうももももああありません」
という状態です。

そうこうしているとAさんからのキャッチは切れてしまいます。

「ふうーっ」「ふうーっ」「ふうーっ」
もう聞かれていても関係なしに大きなため息をついてしまいます。

Bさんの怒りも頂点に達し、結局ガチャ切りされてしまいます。

「はあーッ」

でも今度はAさんにかけなくてはいけません。

Aさんにかけるとやはり予想通り怒っています。

もう謝るしかありません。
「ごめごめごめごめごめんなさい〜〜」

もう泣きそうです。

そこへ、
また玄関のチャイムが・・

「ちわー、郵便局です。書留でーす」

いつもは温厚な郵便局の人の声も今は悪魔の声に聞こえます
「は・は・は・は・は・はいーーー・・・」
印鑑を、といわれますが手がブルブルで印鑑も手につかない状態です。

また話を遮断されたAさんはさらに激高します。

すると今度は家の固定電話のベルがなります。
’リーンリーンリーン’

もうどうにでもなれ!
と無視しますが、ベルはなかなか切れません。

’リーンリーンリーン’’リーンリーンリーン’’リーンリーンリーン’
もう20回くらいなっています。

Aさんの怒りも限界に達し、電話をガチャ切りされます。

「フーーッ」

やっと落ち着きました。というよりすべてが終わってしまったという感じです。

’リーンリーンリーン’
そこへもう一回固定電話がなります。

もう大丈夫なので今度は電話に出ます。

「あんたっ!さっき何で出ないのよ!!帰ったら百叩きだからね
妻からでした・・・。

「いや、あの、いや、あの、いや、あの・・・」
「ガチャン!」

ここから本当の恐怖が始まります・・・

☆☆☆☆☆

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天文学 自然科学 に参加中!

昨冬に続き、今冬も夏の暑さとはうらはらに本格的な積雪が12月からはじまっています。

トータルでは地球は温暖化に向かっているようですが、局地的には猛烈な寒さや、大雪に見舞われているというのが今の現象のようです。

それでは今までの積雪記録というのはどれくらいのものなのかと考えてみました。

日本では雪が一番積もる地域というのは決まっていて、たとえば青森県と秋田県境の山地、新潟県の中越から上越にかけての山地と長野県北部の地域、岐阜県と富山県福井県の山岳地帯、山陰では鳥取県の大山などのようです。

そのほかにも北海道の旧国鉄深名線沿線や会津地方の山地地域なども豪雪地帯といわれています。

私は雪国の育ちではありませんが、両親は石川県で育ったので雪の話をよく聞かされました。
昔は本当の大雪になると二階から出入りしたというような、本当?と思うようなことが何度もあったそうです。

学校の体育の授業も雪があってできないので、スキーが授業だったと言っていました。

さて上記のようなことから日本における積雪の記録というのはいったいどこでどれくらい積もったのでしょうか?

調べてみるとほとんどはJR飯山線や信越線(長野ー直江津間)の沿線部で記録されているようです。
森宮野原や戸狩、津南町、上越市高田などが歴代の積雪記録の上位の多くを占めています。

それでは1位(最高記録)はどこなのか?

これが全く意外ですが、なんと滋賀県の伊吹山だそうです。

これは気象に興味のある人はたいてい知られている有名な記録なのですが、1927年2月14日に記録された11メートル82センチというとてつもない記録が残っているそうです。

公式な記録としてはこれが世界でも最高記録だそうで、ギネスブックものだそうです。

しかし中部山岳地帯など観測が難しい地域もあり、たとえば立山黒部アルペンルートや乗鞍スカイラインなどが春に全通すると大きな雪の壁が出来るそうでその高さは10メートルを越えるそうです。

またこれもスキーをする人には有名な話ですが、福島県の会津地方と新潟県の県境の山地に奥只見丸山スキー場というところがありここは一般的なスキーシーズンはあまりに雪が深く現地にたどりつけないため閉鎖されてしまいます。
そして雪がかなり少なくなる春になると開業します。

また山形県の月山なども全く同様のようです。

毎年10メートルくらい積もっている地域や地点は実は観測ができないくらいの地域ではほかにもあるかもしれませんね。

それにしても伊吹山で11メートルというのは驚きです。
11メートルというとほぼ2階建ての家が埋まってしまうくらいの積雪です。

伊吹山は岐阜県と滋賀県の県境で、東海道新幹線からもその全容を眺められる有名な山です。
標高は1300メートルくらいですが、昔は関西や中京地区から手軽に行けるスキー場としてもならしていました。

でもスキー場もここのところのスキー人口減少も重なり閉鎖の声が出ているようです。

いずれにしてもすごい記録ですが、いい加減な記憶ですが、近年の異常気象の中の豪雪の年にこの記録が破られたというようなニュースを聞いたことがあるような気がしましたが・・・

気のせいかもしれません。
ご存知の方がいたら教えてほしいものです。

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創作短編物語 に参加中!

動物には我々人間から見たらきわめて不思議に見える部分があります。
たとえば・・

蛇(へび)
蛇は足がありません、もちろん手もありません。
ところが蛇は上手に、しかもかなりのスピードで動き回ることができます。

蛇は私たち人間にたとえると手足を縛られたような状態で自由に動き、泳ぎ、人間ではとても難しいような壁面や急斜面でも這い上がることもできます。

いったいどうやって動き回っているのでしょうか?

どこからあのエネルギーが生まれ、どのように伝え、そしてどこの部分で壁に張り付いているのでしょうか?

おなかに接着剤でも塗っているのでしょうか?
いやいや吸盤があるのでしょうか?

考えてみるとその能力はほかの動物に比べても図抜けているように思えます。

私はためしに蛇のように手足を縛って動き回れるかどうか道端で試してみました。

「ズズズズズーッ」「ズズーッ」
なかなか動けません。

さらに5メートルくらい先に皿にご飯を置いて、そこまで行って食べられるかどうか試してみます。

「ズズズズズーッ」「ズズーッ」
「ズーッ」「ズーッ」

やっとご飯の近くまでたどり着きました。

「バクッバクッ」
ご飯にかぶりつこうとします。

なかなかうまく食べられません。
口の周りがご飯粒だらけになります。

そんなこんなで懸命に格闘していると、通りを若い親子連れが通りかかりました。

娘が「ねえママ、このおじちゃん何しているの?」
母親は「ほら、だめよ。このおじちゃんは頭がおかしいんだから、近付いちゃだめよ!!」


馬には尻尾があります。
もちろんほかの多くの動物にも尻尾があります。

たとえば猫や犬、きつねなどは尻尾は体の一部であり、骨で体と尻尾はつながっているように見えます。
ですから自由に尻尾を振ったり、動かしたりするのは当然に思えます。

ところが馬は違います。

馬の尻尾は毛です。

尻尾の根元には骨のような部分があるように見え、そこは動かすことができそうですが、毛である尻尾の大部分はなぜあんなに自由に動かせるのか?

これもかなり不思議です。

人間にも尾てい骨という、昔尻尾だった部分の名残の骨があります。

また人間にも髪の毛などの毛が生えているので、体の一部分として毛があるのも感覚的には十分納得できます。

しかし馬の尻尾は自由に動きます。

不思議です。

人間の場合は「髪を振り乱し・・」などという状態は、顔や頭を大きく振ることによって髪を動かしている状態です。

たとえば、もし人間の髪の毛が自由に動かせたら・・

顔や頭を全く微動だにせずに、髪の毛だけが「ユッサ、ユッサ」と動いたり、「フワーッ」と上に上がったりしたら・・

その場面を想像するとほとんど妖怪です。

馬は尻尾を動かすことで感情を表現することが出来るそうです。

人間もそれが出来たら・・

会社で上司が
「こら、また出来ないのか?どうするんだ?え?辞表を書くか?、おい!何とか言えよ!!」

私の心の怒りは心頭に達し、
「ユッサ、ユッサ」「ユッサ、ユッサ」「フワーッ」・・・

☆☆☆☆☆

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起業してます に参加中!

私は何事においてもそうですが、ひじょうにといっていいいほどあまのじゃくです。
みんながやっているとか聞くと、それだけでやりたくなくなるタイプです。

すべてのことがそれで正解ということでもなく、逆に不正解ということでもないので本当は臨機応変に対応したほうがいいと思うのですが、なかなかできません。

でもその場では何が正解か答えは出ていないのですから、徹底してそうしていればある程度は正解なのかもしれません。

臨機応変に対応したつもりでもすべて裏目に出れば全部不正解になるかもしれません。

しかしそういう行動の動機付けは正解かどうかより趣向の問題が大きいので、一度白紙に戻して生き方の基本方針から考え直してみてもいいかもしれません。

ところで先日消費税の上げに反対で民主党を離党した人たちが新党絆とかを発足させるニュースが流れました。
消費税を上げる上げないは私にはどちらが正しいか全くわかりませんが、この動きで一番興味を惹かれたのは、
最初に一人が離党して、翌日ぐらいにまた一人が離党、そしてすぐ後に大挙9人が離党したとニュースでやっていたことです。

よく宴会でドーンと大皿で美味しそうな料理が出てくると、最初はほとんど皆箸を出しません。
ところが一人が箸を出すと、もう一人、そしてその後はいっせいに箸を出します。

例えは悪いですが、昔小説にもありましたが、ある種の犯罪が起きるとまったく同種の犯罪が連続して起きるのをよく見かけます。

これらの例は善悪はともかく如実に人の行動の心理をとらえていると感じます。

あとから離党したり箸を出す人と、最初に行動する人とはどちらがリスクやリターンが大きいのか?

これは人生においてもきわめて重要な問題です。

サラリーマンの時はあまり気付きませんでしたが、人生はそのような選択、判断、行動の果てしない連続であることに気付いたからです。
というより動物も含めすべての行動は生きていくための何かしらの動機付けが必要で、それ自体が人間の場合はその人の人生を形づくるすべてといっても過言でないのではと思うからです。

もちろんサラリーマンの時もそうだったのですが、あまり実感できなかっただけということでしょうか。
後で思い起こしてみれば、今となんら変わらない状況の連続だったことに気付きました。

シンプルに考えると最初に箸を出す人は、この事例で言えば当然リターンは大きくもリスクは小さいのですが、ほかのこともすべてそのように行動するとリスクばかりが大きい事例も当然あるわけでトータルではハイリスク・ハイリターンというふうにいえるのではと思います。
後から一斉の人は逆であるのかもしれません。

しかし後から一斉の人がリスクが小さい人生とは限らないのは、一つ一つの事例でいえばローリスクになっても、人生全体を考えると、いつも後手に回る、先駆者になる可能性を自分で排除しているということにもなり、考えようによっては後で一斉の人のほうがリスクが大きな人生であるという可能性も出てきます。

例えが的確かどうかわかりませんが、5,20の法則というのがあり、
たとえば相続税を払う対象の人は5%であるとか、
事業で成功する人は一般的にならすと全体の5%で、上位20%の人が全体の80%の富を握るというような話もあります。

つまり上位のわずかな人たちが富の大部分を支配するという現実を考えれば、人の歩かない道を歩けない人よりは、道がなくても平気で単独で進んでいける人のほうがはるかに成功率は高くなるということなのかもしれません。

最悪なのは、私はあまのじゃくなのですが、気が小さいので初めてのことで突っ込む勇気に欠けています。

だからみんながやっているとやりたくなくなり、みんがやっていなくてもやりたくないタイプということです。

「じゃあ、いつやるんだよ」

「それはね、みんながやっていることをみんながやらなくなった時にやるんだよ」

とでもいっておきましょうか。

やっぱり考え直したほうがいいみたいと思いました・・・

☆☆☆☆☆

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